冷房で適温に保たれた部屋の中、大きな段ボール箱にみちりと詰まって昼寝をしていたみうは、突如としてぱちりと目を見開くと、のそのそと這い出ながらこう呟いた。
「そうだ、人の形になろう」
とある日。基島が自宅のドアを開けると、珍しくそこにはみうの姿はなかった。
(……おや、珍しい)
異形特有の勘の良さ故か、基島の帰宅を数百m前から感知しているらしいみうは、基島が帰ってくるのに合わせて玄関で待ち構えていることが多い。玄関マットの上に丸くなっていたり、寝そべっている姿はそれこそ犬のようだ。……まぁ、うっかり洗濯機に嵌まり込んでいたり、家具と家具の隙間に潜り込んで寝ていることもありはするのだが。
とはいえ、出迎えられた回数の方が一応多いだけに、物珍しさを感じながら基島が鍵を閉めたところで、基島の帰宅に気が付いたのか奥からとたとたと足音がした。
――足音?
基島が訝しげに思い行動を起こすよりも早く、”それ”は基島の目の前へと現れた。
「基島くん、おかえり! 見て、人の形になった! ブルースフィア・サイケデリック・ドラゴン・ヒューマンフォーム! これで暑さがちょっとはすっきりしたよ~」
「まって~~~~」
思わずその場に崩れ落ちてしまった基島を心配するかのように、ぺたぺたとやや軽めの足音が近付いてくると、基島の顔をひょいと覗き込んでくる。くすんだ青色の無造作なミディアムショートに、金色の瞳をした中性的な顔が基島をじぃ、と見つめながら口を開いた。
「みうだよ?」
「……いえ、あの発言で一応分かりましたが……。そこではなくて……」
きょとりとした表情に悪意はない。否、そもそもみうが基島に悪意を向けたことなど、一度としてないが。ぱちぱちと瞬いた瞳は、基島を見て不思議そうにしている。
「人の形にも……なれるんですね……」
「うん、なれた! 神作画!」
「そうですか……」
基島がどうにか立ち上がると、みうも同じように背筋を伸ばし、「どや」とでも言わんばかりの表情に変わる。……そのみうの格好が、基島からすれば次点で頭の痛い状態なのだ。
基島にも見覚えのある、ゆったりサイズのTシャツ1枚。それが、基島に視認出来る範囲で、みうが身に着けているものだった。ワンピースというには短すぎる丈の裾からは、すらりとした素足が見えている。恐らく、ボトムスのサイズが合わなかったのだろうが――互いに立ち上がった状態で、みうの方が基島よりも身長が低く小柄だ――、些か視線を合わせにくい格好ではある。
自分と同じくらいの体格になれば楽だったろうに、と思わなくはなかったが、みうなりの考えか制約か何かしらがあったのだろう、と一旦結論付け、更に問いを重ねる。
「服は自分のを借りたんですよね? いえ、流石に全裸で出迎えられていたら色んな絵面がやばかったので、良かったんですが」
「うん! ゆるゆる着やすい。……あ、でも」
「はい?」
「下着は借りてないよ」
「まって~~」
基島は一瞬で頭痛がぶり返してきたのを感じた。
「だって人間、服はシェアしても下着はシェアしない!」
「……そうですね…………」
この場合、「シェアしてくれてもよかった」と言うのも何なのだ、というあたりで余計に何とも言い難い。みうの気遣いであるのも事実なので。
基島は大きく溜め息を付くと、みうと視線を合わせて告げた。
「……必要な物、ネット注文するので、一旦もふもふに戻りましょうか」
「はぁい」
みうは、基島の言葉にいい子のお返事を返したのだった。
みうちゃん「彼シャツはあるけど、彼下着はないって知ってるよ!(※他意はない)」
みうは基島さんに見下されるのが好きなので、人型も小さくした。