液体ワンステップ

 ふと、基島は同じ室内にいる筈の同居人――厳密には"人"ではないが――が、カタリとも物音をさせていないことに気が付いた。先程まではうろうろと歩き回る度に、爪がフローリングにぶつかる硬質な音がしていたのだが。流石に勝手に外に出たりはしないものの、変なところに嵌まり込むことは多々あるため、相手を探すために基島は立ち上がる。
 しかし、相手の姿はあっさりと見つかったのだった。……廊下のフローリングの床に横たわる形で。思わずぎょっとして声を掛けかけた基島だったが、次いで相手の――みうの口から零れた言葉に制止する。
「……暑い~」
「えっ、みうちゃんさん恒温動物なんですか」
 よくよく見てみれば、べしゃりとフローリングの床に広がる様は、暑さでへばる犬や猫を想起させるそれだ。つまるところ、みうもまたフローリングの床で、涼を取っているのだろう。そもそもの話、みうの種族にそういった体温調節の概念が必要そうである所も、基島としては驚きだったのだが。
 発せられた基島の言葉に、ゆらと開けられた金色の瞳が基島を捕らえつつ、身体がのたりとフローリングの床を転がる。
「多分? 山の中はここまで暑くなかったし」
「はぁ、なるほど……」
「基島くん、大理石プレートとか置かない?」
「本格的に猫ですか?」
「人間はこんな気温に適応するべきじゃないよ~」
 試しに基島がみうの身体に触れてみれば、確かに常よりも熱が籠もっているようではあった。基島本人の体感としては、まだ暑いというほどではないが、このままフローリングでへばるみうを放っておくというのも気が引ける。そのため、基島はそのままみうの身体を軽くぽんぽんとしつつ、声を掛ける。
「じゃあ、クーラー付けてあげますから、こっちに行きましょう? ここ、風届かないので」
「はぁい~……」
 基島の言葉に、のた……とした動作で起き上がったみうは、ぽてぽてとクーラーの設置されているリビングへと歩いていく。その後ろ姿を見ながら、基島は小さく息を吐いた。
(ペット優先になる人の思考って、こういう感じですかね……)
 新鮮な感覚ではあるものの、別段悪いものではない。そんな風に考えつつ、基島はみうの後を追うと、クーラーのリモコンへと手を伸ばしたのだった。

 ――後日。

「基島くん、おかえり! これで暑さちょっとはすっきりした!」
「まって~~~」
 自宅に帰って来た途端、人間の形に姿を変えたみうに出迎えられることになるとは、基島は露ほども想像していないのだった。

小さめ獣サイズのみうは、おおよそ猫ないしでかい長毛種の犬と同じ挙動をします。