夢乃舎はソファで隣に座る香月の髪を手で梳いてやりながら、目の前の香月が完全に硬直してしまっていることに、喉の奥で笑い声を漏らした。
(はは、『訳分かんない』ってカオ)
異界の館に閉じ込められたあの日以降、夢乃舎は時折香月の家を訪れるようにしていた。別段、大した理由ではない。あの時のように異界から何某かの影響を香月が受けていたとして。それを夢乃舎に対して口にするまでの期間が長くなるくらいなら、こちらから様子を窺おうと思っただけのことである。
夢乃舎が大学に在学していた頃はそれこそ、学内とアルバイト先であるカフェ・ラルゴという二箇所でそこそこの頻度で顔を合わせることが出来ていたが、流石に夢乃舎が就職してしまえば、機会としては単純に減ってしまっていたのだ。だからこそ、夢乃舎は香月に自宅の住所を聞き出した上で、こうして香月がアルバイトも休みの日を狙って訪ねてきたのだった。夢乃舎の自宅の住所も香月に教えてはいるが、香月がそこに訪ねてくるかどうかは現時点では些か怪しい。
(ま、そこは追々かな)
そんなことを夢乃舎が考えていると、ようやく硬直から戻ってきた香月が口を開いた。
「……え、夢さん、なんで……?」
「なんで、って、ぼくが触りたいからだけど」
「えっ」
更に固まった香月に構わず、夢乃舎は香月の髪を梳きながらついでに調子を観察する。今の所は、あれ以降妙な事態は起こっていないようで、少なくとも香月の顔色に不調の気配はない。
そのことに安心しつつ、それをおくびにも出さないまま夢乃舎は髪を梳いていた手を滑らせ、そのまま夢乃舎は香月の頬へと触れる。すると、先ほどの触れ合いの時点でもゆるく紅潮していた香月の頬の血色がさらに良くなったのが、夢乃舎からは分かった。香月の視線は僅かにうろつきつつも、平静を保った素振りをしていることから、夢乃舎にはバレていないと考えているのだろう。
(かーわいいねぇ……)
夢乃舎はさらに面白くなりながら、手の平で軽く撫ぜた後に手の甲でもさらに頬にすり、と触れ感触を確かめるようにする。夢乃舎の手に伝わってくる、香月の頬の温度は随分と温い。それほどまでに照れているというのは、夢乃舎からすれば楽しくて致し方がないことだった。
(……もう少し触ったら、どうなるか)
故にそう考えた夢乃舎は、香月の頬に触れていたのとは逆の手で香月の肩を軽く押した。急な動きに、香月の瞳に驚きが走るのと同時に、香月はソファへと仰向けに倒され――その身体に体重をかけるようにして、夢乃舎が上からのしかかった。
「!? 夢さ、」
「かぁづき、そのまま」
「ぁ、……」
慌てて起き上がりかけた香月を言葉で押し留め、夢乃舎は一度香月の頬から離していた手を香月の着ているハイネックの隙間から首元へと差し入れた。そのことに、ぴくと香月が反応するが、先ほどの夢乃舎の言葉を律儀に守っているのか、それ以上の行動を示すことはなかった。
組み敷いたも同然の体勢のまま、夢乃舎は香月の首元を指先でなぞり、軽く引っ掻いた。
「ゃっ、」
「嫌だった? じゃあ、止めようか」
反射的に漏れ出たであろう香月の声に、柔らかく夢乃舎がそう告げれば、香月は目を見開いた後にふるふると首を横に振ってみせた。
「ちが、びっくりしただけ……だから、……」
「うん?」
「い、いから……触って、も……イヤじゃな、い……」
「ふぅん? ……なら、遠慮なく」
香月から言質を取った夢乃舎は、もう片方の手を今度は香月の腹部へと滑らせた。
夢乃舎が戯れに香月の身体に爪を立て、軽く引っかき、触れて撫ぜ回すたびに、下にある香月の身体が反応するのが夢乃舎にも伝わってくる。洋服越しであっても、香月の体温が上がっているのは確実だった。
「ぅぁ、…っ、ふ、……んん、」
その上、香月から小さく漏れる声は、甘ったるく上擦っている。……それこそ。
(喘いでるみたいだよねぇ……。……まぁ、変わらないか)
夢乃舎が香月にしていることとて、それこそ"愛撫"や"前戯"と称されうるレベルのものだ。ならば、こうして香月が夢乃舎の下で反応するのは、何らおかしいことではないだろう。そう考えながら、夢乃舎は香月が自主的に己の頭の上へとやっていた腕を片方取ると、手首の内側に自身の唇を寄せた。ちろ、と舐めた後、跡を残すようにして夢乃舎が吸い上げれば、また香月の身体はぴくりと反応を示した。
「っ、!」
その反応に夢乃舎は口の端が上がるのを感じながら、手首に舌を這わせてから腕を解放する。もう片方の腕も同じように取るが、先ほど跡を付けた場所は腕時計で隠れる位置だが、流石に反対側は袖口から覗く箇所だ。それを踏まえ、夢乃舎は跡が残らない程度に軽く歯を立てるのみとし、香月の身体へと触れる方へと戻ったのだった。
――ようやく夢乃舎が満足して手を離した頃には、香月はくたりとソファに沈み込んでいた。赤く染まりきった顔と、蜜でも垂らしたかのように濡れている瞳、熱が篭もって僅かに上がっている呼吸。それらは全て、夢乃舎によって香月が乱された結果に他ならない。
(……うん、悪くない)
夢乃舎は、内心で一つ頷くと顔にかかっていた香月の前髪を軽く手で払ってやった。
ここから二人の身体だけの関係が始まっていくわけですが……。