甘い思い出、溶けずに残る

 休憩で部屋から抜けていた尾北が、可愛らしい紙袋を手に随分と複雑そうな表情で部屋に戻ってきたことで、間は内心で「上手くいったんだなぁ」とほっと胸を撫で下ろした。紙袋をトサリと置いた尾北は、大貫と刈野の行っている作業を見やった後、間も含めた三人の名を呼んだ。
「大貫、間、刈野」
 ぱっと顔を上げた刈野と大貫に合わせるように、間も尾北の元へと向かう。紙袋からラッピングされたカップケーキを取り出した尾北は、花の形をしたトッピングの色ごとに分けてのけると、机の上を滑らせるようにして押しやってきた。赤は大貫、青は刈野、緑は間。そして黄色い花のトッピングは尾北の元に残されたままだ。
「尾北さん、これは?」
「花音からだ」
「花音から?」
 尾北の台詞に、大貫が首を傾げる。間もわざとらしく首を傾げてみたが、尾北は花音から何かしら聞いていたのか、間の方へは一瞬呆れた視線を向けた後、大貫と刈野に向かって説明を加える。
「どうも、いつも世話になってる礼をしたかったらしくてな。とはいえ、花音が直接俺たちに渡すわけにもいかないから、俺が預かってきたわけだ」
「なるほど……」
 刈野は早速自分の方へと渡されたラッピング袋を手に取ると、しげしげと中のカップケーキを眺める。
「可愛い! 花音ちゃんにお礼送っとこ~」
 そのまま刈野は慣れた様子でスマートフォンを構えると写真を撮り、そのまま何かを入力し始めた。恐らくは、そういったSNSへと投稿するのだろう。間も、カメラを起動させ一つカップケーキの写真を収めると、花音へと礼を告げる。大貫は僅かに手に取るのを躊躇った後にラッピング袋を収めたものの、どう扱ったものか迷っているのか、扱いは些か覚束ない。

 そんな大貫たち各々の行動を眺めていた尾北は、「そしてだ」と更に言葉を続けた。
「……あと、どうも花音がそれを作る際に、誰かに世話になったらしくてな。お礼として、カップケーキを受け取ったところの写真を送ってやりたいらしい」
「えっ、いいじゃないですか! 撮りましょ撮りましょ!」
「……いや、別にそれなら信以さんが伝えるだけでいいだろうに」
 尾北の台詞に、刈野は乗り気で返し、大貫は僅かに渋る様子を見せる。間は刈野と僅かに視線をかわし、互いに頷くと刈野は尾北の、間は大貫の腕を引っ張る。
「えぇ? いいじゃない、写真くらい。どうせ大貫くん、花音さんにも文字でお礼言うだけでしょ。写真送ってもらって喜んでること分かってもらいなよ」
「間、君なぁ! なんで刈野も乗り気なんだ!?」
「だって、せっかくですし! ね、尾北さんいいでしょう?」
 大貫が驚いた声を上げつつ、刈野にも文句を告げるが、刈野は堪えた様子もない。間と刈野が組んで主張したことで、尾北が大きく溜め息を付く。
「……あぁ、分かった分かった。大貫、もうこれは撮った方が早い」
「…………そうですね」
「じゃあ、僕が撮りますね~!」
 刈野が自身のスマートフォンでカメラを起動し、撮影の準備を行う。そうしてカメラのレンズに向かって、尾北班四人はカップケーキを持ちつつ花音へと送る写真を撮影したのだった。





『って感じで、撮った写真が花音さんから送られたやつってわけ』
「なるほど……」
 間からの電話を聞きながら、凪はタブレット端末に表示した写真にロックをかけた。間から紹介を受けた花音からの依頼で、五日と凪がカップケーキ作りを手伝ってから数日後。花音から送られてきた写真を撮るまでの経緯を、凪は間から聞かされていたのだった。
『本当に今回は急にありがと』
「いえ、別に。色々とお世話になりましたし」
『そう? こっちが世話になったような気がしなくもないけど』
 凪と間が会話を交わしていると、間の電話口から別の声が入ってくる。
『間、君何してるんだい。そろそろ戻る時間だよ』
『はぁい。それじゃ』
「はい、間さんまた今度」
 その言葉をラストに電話は切れ、凪はスマートフォンをポケットへとしまい込んだ。


 ……そういえば、とふと凪は考える。
(黒い花を飾っていたやつ、尾北さんは誰にあげるつもりだったんだ?)









――時間を巻き戻して、とある日の夜。


 冷蔵庫の隅の方にひっそりと置かれた、カップケーキ。他の連中にくれてやっていた、色とりどりの花とは違う、黒い花をベースにしたそれ。ラッピング袋に入っていることから、作った本人が食べる用でないことは明らかだった。男は無言で手を伸ばし、ラッピング袋を掴んでみせる。
「……これ、俺が気が付かなかったら、どうするつもりだったんだ?」
 ラッピング袋をぷらぷらと揺らしながら、男はぽつりと呟いた。だが、こうして置いてあるということは、恐らく男が見つけるだろうと期待しての行動なのだろう。普段ずっと起きている方が既に同じものを食していることは、男とて同じ身体なのだから分かっている。だが、男の妹はそれを分かった上で、それでも男にこれを用意しているのだから。
「ったく……花音」
 男はそう笑いながらもラッピングをほどき、カップケーキを齧ったのだった。

花音さんが依頼人だった上に、裏尾北にも用意していたので、彼はこっそり食べるのだろうなぁという話。