朝7時に起床。朝食は、トーストと別にレシピ本で見て試しに作ってみるかと、作ったメインディッシュに付け合せのサラダとコーヒーを一杯。メインディッシュにしたのは昨晩から仕込んでおくタイプのメニューだったが、味付けとしても悪くはなかった。そして、恐らく五日も好きなタイプのメニューだろう。これならば、五日に今度作ってやりたいところだ。
食べ終えたら、食器は食器洗い乾燥機に入れ、そのまま身支度を整える。少し前に買った冷感タイプのワイシャツに、ネクタイ、ベスト、スラックス。ベストとスラックスだけは色味を淡いものを選ぶ。淡い色合いのものにしたのは、少し前に気温がだいぶ上がり始めた頃、黒っぽい格好で訪れた凪に対して五日が「熱中症ならないでね……?」と言ってきたからだ。流石に凪もそこまでやらかすつもりはない。
その後に、パソコンで簡単に情報だけチェックをしてしまえば、凪が家でやるべきことは一通り済んでしまった。むしろ、やるべきことが多いのはこの後だ。
「……さて、と」
今日は、凪が五日の家に行く日だった。……とはいっても、凪はほぼ二日に一度のペースで五日の家を訪ねているから、そもそも五日と会わない日の方が珍しいくらいなのだが。リビングのテーブルのど真ん中に置かれた、五日から貰った謎の起き上がりこぼしじみたオブジェを突っつきつつ、凪は今日の予定を組み立てていく。
(作り置きした分の食事どれくらい食べてるかの確認、部屋の掃除。あぁ庭の様子も見とこうかな……)
オブジェがゆらゆらと動いているのを見ながら、凪はリビングを見回す。リビングには、部屋の雰囲気からすれば随分と調和の取れていない小物が、あちこちに置かれていた。それらは全て、五日から凪に手渡されたものだ。五日の家には物が多い。それは大層多い。大抵は、五日の両親が旅行先で買ったお土産の類のようだが、五日自身が気に入って買ったり貰ったものも随分とある。そうしてあれこれとある物のうち、五日は時折それを凪に「なぎくん、これ家に置く?」と手渡してくるのだった。
五日の意図は凪には分かりかねたが、陶器の人形、スノードーム……などと五日が渡してくる物は、大抵凪が少しばかり視線を向けていたものだったから、何とはなしに受け取ってしまうのだった。
そもそも凪の家には物など大してない。だから、置き場所という意味では困っていないし、恐らく凪が自宅に呼ぶとすれば、五日くらいのものだろう。その五日はきっと、凪がこうして貰った物を置いていれば喜んでくれそうな気がしないでもないから、多少部屋の雰囲気がちぐはぐだとしても気に留めるようなことではない。
「……いや、このままいくと五日が昼食摂りそびれるな?」
つらつらと考えに耽っていたことに、時計を見て気が付いた凪は、慌てて財布とスマートフォンだけ手にすると、部屋を出たのだった。
五日の家に向かうまでの途中にあるスーパーで、凪はいつも通り五日に作る食事の食材を購入することにした。いつもであれば、そこから近くにある本屋で五日から頼まれていた本を買うことも多い。とはいえ、本に関しては取材に使うという理由でもない限り、五日が凪にそれを急かすことはない。だが、あれだけ本に溢れている家であるというのに、五日はそれでも多くの本を読みたがるのだから、凪からすれば舌を巻くような気持ちになる。
だからこそ、凪はついあれこれと五日に買ってやりたくなるのだろう。五日は凪よりよほど、たくさんのことに興味を持っていて、凪からすれば自分にはないものを持っているから。その在り方を、いつだって綺麗で眩しいと、凪は思っている。
そんなことを思いつつ、凪は買い物カートを押しながら、ぽんぽんとおかずになるような野菜や肉をカゴへと放り込んでいく。
(いやこれ、時間的に仕込みするなら夕飯だな。昼はサンドイッチか何かにするか。挟むのはひとまず鶏肉か……? あと、確かパンはあった筈……)
一応、凪がそれなりに口を酸っぱくして注意をしているからか、五日の家にも最近では、主食に分類されるものは常備されるようになっている。だが、五日は凪が作り置きしたものならともかく、自分で調理をするほどの気力は読書に比べると向けられないのか、食パンの耳をそのまま齧っているところを見たことも少なくない。
(食パンの耳、砂糖まぶしておやつにしといてやるべきかな……)
まぁ、そうして作ったものは、大抵次に凪が訪れた時までには全て食べ切られているのだが。凪としては食事さえ摂ってくれれば心配がいらないので、構わないのだけれども。そうして陳列棚を縫うように歩いていた凪は、ふと製菓コーナーのチョコスプレーへと視線が向いた。カラフルなそれは、五日も気に入っているのか、おやつにアイスを食べた時などに上からトッピングとしてかけたがるのだが。この間、そうしてかけようとしたところ手が滑ったのか、チョコスプレーが全てバニラアイスへと降りかかり、五日が恐る恐るといった様子で凪の方を振り向いたことがあった。
(……あれは、流石に事故だから俺も怒らないのに)
否、そもそも凪は五日が食事を疎かにした結果、行き倒れることを叱っているのであって。多少栄養バランスが悪いだとか、そういった部分まで五日にあれこれと口出しをするつもりはないのだが。とはいえ、その光景を思い出して少しばかり思い出し笑いをしてしまった凪は、それも買い物かごへと放り込んだ。なんだかんだチョコスプレー自体は、おやつの時間に活躍するのだ。
凪はエコバッグ片手に、随分と歩き慣れた道を歩く。人通りも車通りもそう多くない道を抜けて、見えてきた鉄の門扉を押し開けた。本来であれば、その門のところにあるインターホンで家主を呼び出すのだろうが、当人が「玄関でいいよ~」と言っていたから、凪は少し前からそうしている。念の為、庭に小さな轍が残っていないかを確認しつつ――油断すると、凪の目を盗んでミニパンジャンを走らせているからだ――辿り着いた玄関で、凪はインターホンを押す。数秒の間と共に、室内からバタバタとした足音。そして鍵の解錠音がして、勢いよく扉が開けられる。
「いらっしゃい、なぎくん!」
ふわふわと無造作に若白髪を揺らしつつ元気よくそう告げてきた五日に対し、凪はくすぐったい気持ちになりながら挨拶を返した。
「五日、お邪魔します」
「始値しらず」と対比している話です。