しじまを貴ぶか

「そもそも、松葉くんはどういう風に死のうと思ってたの?」
 夕日の差し込む教室の中、東雲が教室にもう一人だけ残る松葉に問いかけてみせると、松葉は質問の意図を捉えかねたような瞬きを一つだけ返した。

「……どう、っていうのは?」
「死に方の話! 松葉くんって、アタシが飛び降りようとしてた~くらいは知ってたんだっけ?」
「まぁ……一応は」
「だよね? まぁ散々噂になったから、それは伝わってるかぁ」
 自身の席に着いたままの松葉は、やはり東雲の話の流れを読み取りかねているのか、些か怪訝そうな色合いを深めていく。その様子を見ながら、東雲は松葉の席の前の椅子を勝手に借りた。既に大半の生徒が下校している教室だ。さしてうるさく言われることもないだろう。
 東雲が話を切り上げる気配がないのを察したのか、松葉は僅かに視線を彷徨わせた後、逆に東雲へと問うてくる。
「というか、しののめは……なんで、おれに話しかけてくるの?」
「勉強合宿までは、松葉くんがアタシに話しかけてきてたじゃん」
「そう、だけど……」
「合宿の時に話してから、松葉くんの考えてること興味あるなぁって思って聞いてるんだよー」
「……なるほど?」
 東雲の台詞に、松葉は首を傾げつつ返す。すると、東雲が笑いながら「で、最初のアタシからの質問は?」と改めて松葉へと問いを手向ける。
「……えっと、」
「松葉くんは、どういう風に死ぬつもりでいたの?」
「どういう、風に……」

 問われた松葉は思考に耽る。
(……そういえば、確かに「どうやって死ぬか」を具体的に考えたことはなかった……かも)
 松葉が考えていたのは、「死んでみたい」ということ、そしてそれが「愛する人と一緒だったら最高だろう」という、ただそれだけで。その方法については、あまり吟味していなかったように思われた。
 よくよく考えてみれば、松葉が今まで覗いていた自殺サイトでも、方法は様々載っていた筈だ。松葉としては、相手が見つけられなかったという部分が大きかったが故に、そのサイト上でも誰かに話しかけたりはしなかったし、方法についても概ね流し読みしていたのだが。
「……あんまり」
「うん?」
「そこまでは、考えてなかった……かも」
「何それ」
 松葉の返答に、東雲が笑い声を零す。


 一瞬だけ訪れた沈黙に、グラウンドから響いているどこかの部活生の歓声が緩やかに被さるのを聞きつつ、東雲はまた一つ忍び笑いを零した。
(やっぱり松葉くんってこう……面白いなぁ)
 遺書のための封筒も便箋も用意する周到さがあるのに、如何にも飛び降りスポットとしてマークしていそうな見晴らし台に興味が薄そうだったところだとか。想定しうるだろう質問が実際に出てきた時に、思わず言葉に詰まってしまうところだとか。
 その松葉のちぐはぐさは、様々な方法で恐怖を味わおうと試行錯誤した東雲からすると、逆に興味深さすら覚えてしまうものだ。
(だから気になるのかなぁ?)
 松葉についつい話しかけに行ってしまう理由を、心の中でそう類推しつつ、東雲は椅子から立ち上がる。
「じゃあ、松葉くん」
「うん?」
「どういう風に死にたいか決まったら教えてね」
「……えっ」
「だって、それで恐怖を感じられそうになかったら、アタシ嫌だもん」
 東雲はそれだけ告げると、自身の机の上に置いていた鞄を手に持ち、「ばいばーい」と松葉にひらひらと手を振ってから教室を後にした。


 そうして教室に一人残る形となり東雲を見送った松葉は、暫しの沈黙の後に首を傾げた。
(……なんで、しののめの方が少し乗り気なんだろ)

東雲は意外と興味が強いので、存外乗り気なので松葉くんが首を傾げる。