玉の緒の、

 白月凛々が自殺――として処理された、勉強合宿から戻ってきた翌日。東雲は自室のベッドに寝転がりながら、あの勉強合宿で手にしたものを電灯へと透かしてみせた。
 手の中には、白紙の封筒が二つ。――東雲が松葉から受け取った、”遺書”だった。


 二年次から同じクラスになった松葉が、妙にこちらへと話しかけてくるな、というのは東雲の実感としても存在していた。とはいえ、東雲からすれば松葉に話しかけられる心当たりなど、あるはずもなく。
 勉強合宿の初日も、幾度か東雲に話しかけてこようとしている松葉の姿に、東雲は内心で首を傾げていたのだが。結果的に夜中に呼び出してきた松葉に聞かれた内容は、今までさんざん他の者からも尋ねられた一年次の自殺未遂について。
 だから、東雲はその時点では、松葉もまたそういったことを興味本位で聞きたかったのかな、とだけ思ったのだ。それにしては、深夜に呼んでまで聞きたいのも不思議だな、と。だからこそ東雲は質問の意図を問うたものの。そちらについては、松葉の口から聞くよりも先に、白月の死で有耶無耶となってしまった。
 だがその後、白月の件をクラス全員で調べることになったことで、東雲は上手いこと松葉と二人きりになることに成功し、本人からその真意を聞くことに成功したのだ。

『君がもし、本当に死にたいと思っているのなら、おれも一緒に死にたいな、って』

 結果として告げられたのが、そのような内容だったものだから。
(そっかぁ、アタシ松葉くんからそういう風に見られてて……松葉くんはそんな準備をしてたんだぁ)
 ……と。東雲は、面白くなってしまったのだ。
 だって、そうだろう。自殺未遂を起こした人間を知って「この人とであれば、一緒に死ねるかもしれない」と思い、そうして遺書のための封筒まで用意してくるだなんて! 咎めるでもなく、窘めるでもなく、訳知り顔で同調するでもない、その松葉の反応は、東雲にとって白月に続いて二人目だった。

 とはいえ、恐らく東雲の返答は――一年次のそれはスリルを求めていただけで、死にたいというわけではない、という――松葉の望む応えではなかったのだろう。「……そっか」と返す声音と表情から、僅かに落胆が滲んだのを、東雲は感じ取った。
 落胆。失意。そういったものは、東雲にもよく覚えがある。この栄華高校に入った当初、東雲が感じたのも同じものだったからだ。「こんな場所では、到底恐怖を味わうことなんて出来ないや」と、そういった、じわりと心に滲む哀しみ。
 だから、だろうか。落胆の滲む松葉とは逆に、東雲はむしろ少し……否、松葉へと随分と興味が湧いてきていた。
 故に「だったらそれちょうだい」と封筒をねだった東雲に対し、松葉は不思議そうにしつつもそれを手渡してくれた。「でも、それが『遺書』だってことは、誰にも明かさないで欲しい」と言い含めながら。
 白紙の封筒を制服にしまい込みながら、東雲は「勿論」と頷く。当然だ。
(言わないよ、こんなスリルのあること)
 誰に見せるつもりも、誰に告げるつもりもなかった。だって、これは。きっと「東雲でなくてもよかった」松葉が、「それでも東雲に渡してくれた」ものなのだから。

 とはいえ、だ。暫くは白月の死によって学校は騒がしくなることだろう。勉強合宿での生徒の自殺など、学校側としては特に隠したいことだろうし。そうなると、この封筒を”使う”機会には、暫く恵まれないかもしれない。
 それだけが東雲にとっては残念だった。白月が自殺で片付けられたことで、学校側から「自殺未遂を起こした」と思われている東雲は、それこそ教員から色々と気にかけられるに違いない。
(またカウンセリングとかさせられないと、いいんだけど。……あぁ、でも)

 ――もし。もしも、だ。
 この封筒の内の一つを言葉で埋めた状態で、東雲が松葉にこれを渡したら。松葉はどんな反応を見せるのだろう。
 ぞくりと背筋を這う何かを感じながら、ベッドから起き上がった東雲は机の中へとその白紙の封筒をしまい込んだ。

松葉くんと東雲の論拠は、あの白紙の遺書の受け渡しにあるのだ、と思っています。