篝火を逆しまに点した

「涼くんごめんね? そっちは大丈夫だった?」
 間が随分と久々に会った相手へと向けた第一声は、そんなものとなった。


「俺の方は全然~。むしろミツさんこそ大丈夫だったの?」
「僕は大して何にも。まぁ始末書とか減給はあったけど」
「やばいじゃん」
 楽しげに笑い声を零した青鷺相手に、間は予め買っておいたクッキーの詰め合わせを渡す。青鷺が指定した店で、青鷺が指定した商品を買った形だ。だいぶ値は張ったが、最終的に得られたものの対価としてはそう悪いものではない。
「んー、でも、多少は摘発出来たから、そのへんでトントンかなぁ。……そこそこ削れた?」
「『枝分かれした組だ』で知らぬ存ぜぬ」
「あぁ~……」

 間が、己の先輩である尾北を唆し花音を襲撃させた事件から、数ヶ月。"諸々の事情"が絡み合った結果、比較的早々に元の部署へと戻されることとなった。とはいえ、流石に暫くは真野班での仕事をメインとし、真野の監視下に置かれる、という状態だ。
 そして、間が暴力団側に警察官であることがバレた結果、間が自身の拳銃を含め暴力団へと警察の使用する拳銃を横流しした失態。そのことで、暴力団の一部の摘発に繋がったことが、間の処分へと少しばかり影響していた。勿論、大本の拳銃の横流しの方の処分も大概にありはするのだが。
 それらの後処理が多少落ち着いたところで、間は青鷺に――自身が潜入も行う組の内の一つであり、摘発対象にあたる青鷺組の跡取りである青鷺涼へと会いに来たのだった。顔を合わせるにあたっては、以前よりも入念に注意を払い店主の口の堅い店を選んでいる。
「涼くんが何も言われないなら、ひとまず安心かなぁ」
「……ミツさん、俺が助けなかったのは別にいいんだ?」
 それぞれ飲み物を頼んだ後、料理が来るのを待っている間に青鷺が、緩く笑いつつ問い掛ける。間からの返答が、どうであるかを分かった上での問い掛けだった。

 ――間が警察であるとバレたあの時。
 間がその時主に接触していたのは、青鷺組から分かたれた組の方だった。それでも、青鷺組との繋がり自体はそれなりにあったのか。その場には、青鷺自身もいたのだった。跡取りだからこそ、色々な場を見せるというつもりがあったのかは、間からは想像も付かないが。青鷺は、間が脅される様を楽しげに眺めつつ。拳銃が横流しされるところまで眺めていたのだから。
 青鷺に問われた間は、あっけらかんと答える。
「そりゃ全然いいよ。あれは僕のポカだし、むしろそれで涼くんのことがバレる方が不味いし。そっちの方が上から大目玉食らってたと思うから、涼くんは気にしないで」
「あの時うっかり、あんたが死んでたとしても?」
「? 別にそれも問題ないよ。そこは僕の責任であって、涼くんは何も悪くないんだから」
 青鷺の重ねられた問いに、間は当然のように返す。そのタイミングで丁度、料理が運ばれてきたために二人は口を閉ざした。店員が退室した後、そのまま青鷺は話を続ける。
「まぁ、ミツさんがいいなら別にいいや。……ところで」
「うん?」
「ミツさんの同期の人、顔に傷残ってたね?」



 ぱちりと青鷺の目の前で瞳を瞬かせた間が、ゆるりとその瞳を蕩けさせる。
「うん。僕のこと取り押さえる時にちょっとねぇ~」
 甘やかさが乗った声のまま、間は至極嬉しそうに笑ってみせた。その表情を見て、青鷺は内心で感嘆の声を上げる。
(へぇ、あんなつまらなさそうな表情ちらつかせてた割に、変わるもんだなぁ)
 事件でやらかす少し前から、ちらちらと顔に覗いていたそれが綺麗サッパリと消え失せてしまっているのは、青鷺としても興味深い。
 青鷺がよく顔を合わせる間という男が、同期の男に情を傾けていることは、青鷺から見てもありありと分かっていた。それが具体的にどういったものであるかは、間自身ですら知覚していなかったのだろう。だが、それが些か妙な転げ落ち方をして、そして諸々の出来事と共につまびらかにされたのだとすれば、随分と面白いことが起きていたのだろう。青鷺がその場を見られなかったのは非常に勿体ないことだが、これからの出来事を見ることは出来るのだからそう悪くはない筈だ。真野が間を手元に置き間を差し向けているのも、恐らくそのあたりの出来事が遠因ではあるのだろうし。
(それか、ここぞとばかりに、俺の相手をさせたいのかなぁ~?)
 自分と話す時は随分と嫌そうな表情を見せる男を脳裏に描きつつ、青鷺は飲み物を口に運ぶ。
「それはそれは。ミツさん、楽しかった?」
「まぁね~! でも、流石に大貫くんの傍にいるの良くないから、今の状態は楽かな」
「ふぅん?」
「大貫くんのこと、随分と怒らせちゃったし」
「なるほど」
 青鷺は適度に相槌を打ちつつ、間から話を引き出していく。間も機密はともかくとして、同期の男の話は誰かしらにしたかったのであろう。するすると口から紡がれていく。そうしてあらかた青鷺が、事態を読み取った中。

「……だから、ある程度かは離れとかないとなーって」
 間の寂しさが声の端に滲んだ言葉を聞きながら、青鷺は笑う。楽しそうな予感を覚えて笑う。
「……だったらさぁ」
「うん?」
 首を傾げて見せる間へと、青鷺は歌うように誘いをかけた。
「俺ともっと遊ぼうよ」
 また一つ瞬いた間は、楽しげに笑みを浮かべて「そうしよっかなぁ」と頷いてみせた。

やらかしたな~と思ってるから離れようと思っている間くんと、ここぞとばっかり引っ掻き回す涼くん。