白亜の壁に寄りかかる者

「……間」
「んー?」
 デスクで書類を各々片付けているところで大貫が掛けてきた声に、間はややおざなりな返事を返した。今大貫が片付けている書類で、間の手を借りる必要のあるものはない。単なる雑談であれば、多少ぼんやりした応答でも構いはしないだろうという判断だった。だが、大貫の口から次に飛び出したのは、間からすれば予想外のものだった。
「君が昼頃会っていた男は、誰だ?」
「うん?」
(昼頃……)
 間の作業の手が思わず止まる。大貫から振られた時間帯で、少しばかり脳内の予定をひっくり返し、間は「あぁ、」と声を上げたもののその続きについては口を噤んだ。
(えぇと、大貫くんってこの案件には関わってたっけ……関わってないよね。てことは、名前は不味いかな……苗字が出なければ、そうそう結びつかないとは思うけど……。うーんと、そしたらエスなのだけは明かしてもいいとして……)
「間?」
「あー、えぇと……なんていうかな、」
 間は手元で書類を弄りつつ、説明を脳内で組み立てる。間は真野から招集されることもあり、尾北班とは別の仕事を任されることも少なくない。そして別班での案件はそう大っぴらに明かしはしないものだ。故に、全てを説明するわけにはいかず、とはいえ職務中の時間帯ではあったので、サボりの類でないことくらいは説明せねばならない。
 そんなことを考えながら、ようやく説明がまとまった間は大貫の方へと視線を向けつつ、口を開いた。



(……どうしてそこで言い淀む?)
 考え込む様子を見せる間に、大貫は思わず舌打ちを零しそうになった。流石にそれは場にそぐわないため飲み込んだものの、僅かに底に溜まった苛立ちを逃すために指先でトントンとデスクを叩く。

 たまたま大貫が見かけたのは、ファミレスで大貫の見知らぬ誰かと和やかに会話を交わす間の姿。見目の年齢は刈野と並ぶ程度だろう若者は、かき氷を崩しつつ時折間に言葉を向けていたし、パフェを口にしていた間はそれに対し機嫌良さげに言葉を返しているのは、少し離れた大貫からでも分かった。
 間はそう滅多に他人と食事には行きたがらない。行くとすれば尾北班のメンツと、上司である真野、尾北の妹であり大貫の恋人である花音相手といったところだ。そのどれとも違う姿に、大貫はその時僅かに動揺したのだった。
 ……そして。大貫の見る前で、その男はあろうことか。間の口元へと平然と触れてのけたのだ。間も少し驚いたような反応は示したものの、嫌がるような素振りも見せず笑うのみで。大貫は思わず、その場に立っていられなくなり、足早に立ち去ることとなった。
 だが、大貫が署内に戻ってきた後も、腹の中で燻るものは消えず。しかも、結局誰なのかなど全く分かりはしなかったものだから。遅れて戻ってきた間が平然としていることもあり、大貫はこうして平静を装って尋ねていたのだった。……本当に平静を装えているかは、さておき。
 そんな大貫の内心の荒れ模様に気が付くことなく、間はようやっと口を開いてみせた。
「えぇと、まぁ……その、要するに誰かというと、エスの一人なんだけど」
「……へぇ。ファミレスで」
「や、流石に情報自体は別の場所で聞いたよ。その後、かき氷食べたいって言われたから、情報のお礼がてら連れて行っただけで」
「どこの誰なんだ?」
「あぁ~……、涼くんていう子」
「フルネームは?」
「……大貫くん、なんでそんなこと気にしてるの?」
 矢継ぎ早に質問を飛ばす大貫に、間が訝しげな視線を向ける。そのことに、大貫はまたざらりと苛立ちが腹の底に溜まるのを感じていた。職務上、間が大貫に開示できない情報がある程度かあることは分かっている。そう、分かってはいるのだ。それなのに、どうにもあの光景が大貫の心をささくれ立たせる。
「それは……」
「別段、個人的に仲良くしてるだけだってば。年下だし、なんか可愛いんだよね」
 間の声音が、僅かに明るい方へと振れる。……それは、間がだいぶ相手を気に入っている証拠だ。それにもかかわらず、間はそのことを大貫に伝えはしないのだ。
(……いや、何も話さないのはおかしなことではない。おかしなことじゃない筈だ……、それなのに)
 大貫は、それが気に入らないと思っている。そのことが、大貫からすれば我ながら不思議で仕方がない。大貫はどうにか己の感情を飲み込んでのけると、ゆっくりと息を吐きながら言葉を紡いだ。
「そうかい、それならば別に……いいよ。つい、気になっただけだ」
「そう? ……あ、何、大貫くんも食べたかった? 美味しかったよー、パフェもかき氷も」
「そういうわけじゃない……」
 "かき氷も"というワードに、大貫はさらにざらりと腹の奥底が撫ぜられるのを感じながら、そっと間から視線を逸らした。

修羅場クリエイトがされたので、じわじわ機嫌の落ちる大貫くん。