ジェラシー・オブ?

 鳴らされたチャイムに応える形で開けたドアの先、姿を見せたのが花音であったことに訪ねてきた間が動揺していることは、花音からもありありと分かった。
「間さん、こんにちは。今日、約束されていた日でしたよね?」
「……えぇと、はい。……その、」
「今少し、千春さんは出ていて。すぐ戻ってきますから、上がって待っていてください」
 花音がそう告げるも、間の表情は迷い気味だ。恐らく、上がり込むのを躊躇っているのだろう。だが、花音は今にも踵を帰しそうな間を帰すつもりなどなかった。
「さ、どうぞ!」
「…………それじゃあ、その、お邪魔します」
 相当な秒数の沈黙の後、間は花音の視線に折れるような形で、大貫家の玄関をくぐり抜けた。

「どうぞ」
「……いえ、どうも、ありがとうございます」
 リビングで向かい合う形となった間は、花音が淹れてきたティーカップを受け取ると、少しだけ口を付ける。間に花音を警戒している様子はない。単純に、些か緊張が滲んでいるだけだった。
 間は、花音とは元から距離を離すタイプの男だった。必要以上に近付くことはなく、最低限度の距離感でもって花音と相対していたのだ。そして、その距離はとある事件をきっかけに、さらに広がることとなった。花音の襲撃事件以降のことだ。花音の前にも再び姿を見せるようになった間は、それから今まで以上に花音からは距離を取った。大貫からもそれとなく距離を取ってやってほしい、と言われたことは記憶に新しい。
(……まぁ、千春さんの場合、多分それだけじゃないんだろうけど)
 紅茶と共に出したお茶菓子のフィナンシェをもそもそと齧っている間をちらりと見つつ、花音は内心でそう思う。敢えてさらけ出されていない間の首元。そこに何があるのかを、花音はよく知っているのだから。
 紅茶を一口飲んだ花音は、自然な調子で間へと話を切り出す。
「そういえば間さんって、千春さんから渡された首輪を付けられてるんですっけ?」
「え? まぁ、はい」
「どういう物なんですか?」
「どう……?」
 花音の質問の意図を取りかねたのか瞳を瞬かせた間に、花音がす、間との距離を詰める。そうすれば、間は逆に花音から離れようとするような動きを見せた。間は普段から、花音と物理的にも一定距離を保とうとする。とはいえ、花音を跳ね除けるということが出来るわけでもないので、近付いてきた花音に間は顔にデカデカと「どうしよう」と書いた状態で動きを止めることとなったのだが。

 通常、Switchはパートナーを持つことになっても、Subほど分かりやすい「首輪」を身につけることは滅多にない。もちろん、個々の好みというのもあるので皆無ではないものの、大抵のSwitchはネックレスを身につけることで、パートナーがいることを表していた。花音もその例に漏れず、大貫からネックレスを贈られ日々身に付けている。
 だが、Subである間は恐らく首輪を付けている筈なのだ。だが、花音と会う時の間は大抵首元を隠しており、その首輪を見ることは叶わない。パートナーであることの証でもある「首輪」は隠さねばならないものではない。それを敢えて隠すとすれば、本人の気質か――パートナーの独占欲によるものに他ならない。
 花音の意図を読み取った間の視線がうろ、と彷徨ったものの、花音が相手であるからか抵抗と拒否の気配は薄い。数秒の間を置いて、間は己のシャツの第一ボタンを外し、花音に首元が見えるように緩く寛げた。間の首元には黒い革の首輪が付けられている。成人男性の健康的な首元に付けられたそれは、花音にも些か色っぽさを感じさせないでもない。
 へぇ、と花音がまじまじと首輪を見つめていると、間が所在なさげな表情で視線を彷徨わせる。それでも間は露骨に嫌がるような様子を見せはしない。そのため、花音はもう一つだけ大貫が戻ってくる前に、と「お願い」をしてみることにした。
「……あと、間さん。実は」
「えぇ」
「もう一つ、興味があることが」
「……えぇ」
 花音から告げられた内容に、間の表情は随分と微妙なものになったが、変わらず露骨に拒絶の意思は見えない。
 間はけして、花音を嫌っているわけではない。むしろ好意的に見ているぐらいだ。そこに花音に対する罪悪感も含んでいるものだから。……間は、花音のお願いには、どうにも逆らい難いものがあるのだ。
「間さん、Kneel」
 花音からの言葉に従うように、間がリビングのフローリングの上にぺたりと座り込む。そうした間に対して花音は、朗らかな声で「Good boyですね、間さん」と褒め言葉をかける。そうすれば、間の表情は僅かばかり緩む様子を見せた。
 そうして、そのまま花音が間のすぐ傍にしゃがみ込み、頬に触れようとした、その時。

 ガチャリと玄関が開く音からすぐさま、バタバタと廊下を駆ける音がし、リビングのドアが開かれた。
「花音、間は!?」
 姿を現したのは、大貫だった。



 まず目に入ったのは、リビングの床にKneelの体勢で座り込む間。その首元は既に寛げられており、大貫が贈った革の首輪が差し色のようになっている。そしてそのすぐ傍には、しゃがみ込んだ花音が間へと触れようとしている姿。
「……大貫くん?」
「千春さん、おかえりなさい」
 ぱちり、と不思議そうに瞳を瞬かせた間に対し、花音は朗らかに大貫へと声を掛けてくる。その光景を見て、大貫は僅かに息を止めた。
 ……ぞろりと、大貫の腹の底で何かが蠢くような感覚。
(どうしてだ?)

 その「どうして」が一体どちらに対して向けられたものなのか、大貫自身にも一瞬分かりかねた。間が花音相手に常より近い距離を有していることに対する疑問か、はたまた間に対して触れようとしている花音に対する疑問か。
 花音は立ち上がると、大貫から荷物を受け取ろうと手を差し出してくる。
「千春さんが出かけた後に間さんが来られたから、帰ってもらうのも何だしここで待ってもらってたんだよ」
「あぁ、いやそれは別に……。むしろ私も急に出ることになって、申し訳なかったし。……というより、この状況は?」
 大貫がそう問えば、間が肩を僅かに跳ねさせた後、慌てた様子で口を開く。
「ま、待った大貫くん、これはその……花音さんからお願いされた結果というか、」
「……"お願い"?」
 思ったよりも大貫の声が低く出たことで、間がやや困ったような表情で花音の方を見やったことに、大貫の中でまた一つざわめくものがある。
「花音、間のことを引き留めてくれてありがとう。助かったよ」
「ううん、大丈夫。じゃあ、間さん。私、お兄ちゃんと出かけてくるので、また今度お茶しましょうね」
「えっ、あぁ、はい。それでは」
 花音は逆に大貫のそれを気にした様子もなく、ひらひらと手を振るとリビングを出ていく。暫くして、玄関の鍵が掛かるような音がしたことで、大貫は大きく息を吐いた。
「……間、立って」
「う、うん」
 そのまま座り続けていた間に、大貫がそう告げれば些か戸惑った表情のまま、間は立ち上がる。
「……あ、ティーカップ」
「後で私が洗っておくよ。ほら、こっち」
 間がテーブルの方を振り返るが、大貫は間の手を引くといつも間を連れ込む部屋へと歩みを進める。

 そのままいつも使う部屋に入り、椅子に腰掛けた大貫は、くるりと間の方を振り向くと指先でとんとんと間を呼びつけた。
「間、Come」
 いつもと違うコマンドが向けられたことに、間が僅かに驚いたような表情を浮かべる。構わず、大貫がとんと己の手で再び自身の太ももを指し示すと、間は恐る恐るといった様子で大貫へと近寄り、その膝の上へと乗る。
「……え、いや大貫くん、なんで?」
「黙って」
「……、」
 戸惑った様子のまま問いかけてくる間を黙らせ、大貫は下から間の首元を眺める。首輪は綺麗に嵌められたまま。首元を寛げた様子も、いつも大貫が求めたのに対し応えるのと同じようなそれだ。それが、大貫が指示するよりも早い段階で、花音相手にさらけ出されている。
「君は花音にこれを見せたわけだ?」
「……これは別に、他人に見せちゃいけないものではない筈なんだけど」
 正論だ。間の発言は全くもって正論である。そうであるのに。

 大貫からすると、どうにも妙に、気に食わない。
(花音と間なのに? ……花音と間なのに、だ)
 大貫は黙ったまま、手を間の首元へと滑らせた。すりすりと間の首を撫ぜ回し、時折指先で引っ掻いてみせる。
「……っ、」
 膝の上の間は小さく息を呑むと、所在なさげに視線を彷徨わせた。それに構うことなく、大貫は手で間の身体のあちこちに触れては、緩く擦り上げていく。二の腕、内腿、みぞおち、胸元と触れていく。だが、決定的な所には絶対に触れることはしない。
 大貫がそれを十数分ほど続けていれば、間の呼吸はじわじわと荒くなり、大貫の肩へと己の頭を乗せる。は、と息を吐き出した間はどうにか、大貫のシャツを手で引くと、呼びかけた。
「…っ、おーぬき、くん……」
「何だい、間」
「ね、…これなに、……っ?」
「何って、君に触れているだけだよ?」
 間のかなり際どい所に触れながら、大貫は先程よりは穏やかな声音で応える。己の手によって乱される間を見たことで、随分と大貫の苛立ちは収まりつつあった。代わりに、間の方は募らされた快感に身体を震えさせる羽目になっているのだが。
「間、私のSub」
「…、な、に…」
「続きは欲しいかい?」
 そう問いながら、つ、とズボンの上から間のそれを撫ぜ上げれば、間は身体をびくりと跳ねさせた。そして、大貫へと縋るように顔を上げ、熱の籠もった声で懇願した。
「も、はやく……っ、ちょーだい…っ」
「……了解」

大貫くんはDomなので、Switchの花音さんが間くんから触られるよりも、Subの間くんが花音さんから触られる方が、気持ち腹の底がぐるぐるします。