ふ、と間は己の意識が浮上した瞬間、喉元と手首足首に覚えのない重さがかかっていることに気が付いた。
「……?」
瞬きをしつつ、起き上がろうとしたところで耳にジャラリ、とした鎖の音が届く。思わず間が音の方へと視線を向ければ、室内では早々見ることのない鎖が床にのたうっている。鎖の端のうち片方は、間のいる部屋の隅の方へと続いており、もう片方は――視線でなぞる限り、間の喉にかかる緩やかな重みへと繋がるらしかった。
間は変に身体が引っ張られないように慎重に起き上がった後、喉元の違和感の正体を探ろうと手で触れた。手首には手首で枷が嵌められ、鎖がどこかへと繋がっているようだったが、間の首に付けられているのは手触りから察するに、革製の首輪のようだ。それこそ、犬や猫に付けるような一般的な首輪が、間の首へと嵌められている。
「……これは、どう受け取るべきなのかな」
ひそりと零した間の言葉に応える存在はない。
(まぁ、検討がついていないわけじゃ、ないんだけど)
そもそも、間がこれだけのことをされて尚、途中で目覚めない相手など限られているのだし。
間が最初に目覚めたベッドの上でそのままごろごろと寛いでいると、ガチャリと鍵の開く音が聞こえてきた。ギィ、とドアが開けられ、すぐさま誰かが細い隙間から滑り込んだような衣擦れの音。そして間髪入れずに鍵が掛けられたことまで確認したところで、起き上がりベッドの上に座り直した間はゆったりとした声で玄関の方へと呼び掛けた。
「おかえりぃ」
数秒の沈黙。
「大貫くん」
フローリングを靴下が歩くとすとすとした軽い音が響いて暫く、ドアノブの下がる音がする。そうして間のいる部屋へと姿を見せたのは、間が呼び掛けた通りの、大貫の姿だった。大貫は部屋に入るや否や、部屋全体に視線を動かす。それを見て間は笑いながらこう告げた。
「起きてからは、なんにもしてないよ。ここで、大貫くんが帰ってくるの待ってたから」
間はベッドを手のひらでぽすぽすと叩きつつ告げるが、大貫は特に何も応えない。そのまま間のいるベッドまで近寄ってきた大貫が鎖を引っ張り、間を再びベッドの上へと引き倒す。そして、ぎしりと己の体重を間の身体へとかけた。
「大貫くん、正気?」
「正気だよ。当然だろう?」
「正気の人間はさぁ、人を監禁したりしないよ?」
間はそう告げながらも、楽し気に笑いを零す。間に最後に残る記憶は、タクシーの中で大貫へと凭れかかっていた時のものだ。間は基本的に酒に弱くない。自身の酒量の限界を把握している間は、ここ数年酒で他人に介助されなければならないほどに酩酊することなどなかった。
「合法的なやつだよねぇ?」
「当然だろう。ただの睡眠薬だよ」
「薬はお酒で飲んじゃダメなのに。悪い大貫くんだなぁ」
「……君の感想はそれだけかい」
首輪と繋がった鎖を押さえている手と逆の手で、大貫がそっと首輪を撫ぜ間へと問う。
間が花音襲撃を教唆した事件で受けた処分は、けして軽くはなかった。だが、殊更に重いものでもなかったのは事実だ。相当内部でやりあったのだろう、と間は思っている。尾北はともかく、間はそれなりに色々と課せられると思っていただけに拍子抜けだったのだが。まぁその心遣いはありがたく頂くとということで、間は粛々と職務に励むことに決めていた。
そうして元通りのような職務態勢に戻った中で、唯一変化が起きていたのは大貫との関係だった。間からすれば、あの時大貫の激昂が見られた、それだけで満足といって良かったのだが。……逆に、別の獣を起こしてしまったらしかった。
間からすれば不思議なほどに、間への執着がちらちらと垣間見られるようになった大貫は、妙に間の行動を縛りたがった。職務中は流石に一定ラインで追及を止めるのだが、プライベートとなると追及が深まるのだ。間がそれを渋ると、大貫の瞳に焔がちらつくものだから、間は……面白くなってしまったのだ。
――もし、このまま大貫を好きにさせていたら、大貫は自分にどうしてくるのだろう、と。
「まさか、こうなるとは思わなかったなぁ、くらい?」
「……へぇ」
ジャラリと鎖の音が間の耳にまた届く。流石の間も、大貫が間を監禁しようとするとまでは思っていなかった。だって、間は確かにあの時、大貫にとって大切な花音を傷付けたのだ。恨まれこそすれ、という思いがあった。だが、どうやら大貫はあの早朝のやり取りの中で、間にも何かを見出したのだろう。間があの瞬間、大貫の激昂を切っ掛けに「つまらなさ」を全て放り投げてしまったのと同じように。
(花音さんに対しては、今まで通りらしいし。僕相手にどうこうする分には、問題ないか)
そう考えながら、間は大貫を見上げる。
「ねぇ、大貫くん」
「なんだい、間」
「ほんと~に大貫くんは、面白くて退屈しないね?」
間を見下ろす、大貫の瞳に燃え盛る焔が見えている。
(綺麗だなぁ)
間はそう考えながら、大貫から降ってきた侵蝕を受け入れる態勢を取った。
自由にどこにでも逃げていきそうな生き物を、籠に閉じ込めれば安堵できるだろう。大貫くんだから監禁を甘んじて受け入れている間くんです。