残り物はゴミ箱へ

 会場で流れるBGMも、招待客のさざめきのような話し声も、何もかもが間にとっては煩わしさを刺激するものだった。だが、それでも間が努めて通常通りの表情を保っていたのは、今この場が「めでたい場」であるからに他ならない。……ましてや、それが。
「花音ちゃん、綺麗ですね」
「……そうだね」
 大貫と花音の結婚式であるならば、尚更だった。

 結局、何もかもが有耶無耶になって終わってしまった花音の襲撃事件から暫く。花音の怪我の完治並びに、尾北班の諸々の処分――主に捜査から逃亡した部分についてだ――を終えた後、当初の予定から少しばかりずれはしたものの、大貫と花音の結婚式はつつがなく開催されることとなった。
 真野の執り成しもあり、尾北班の面々は全員式への出席を許されている。ただし、招待客や式場スタッフに紛れて身を潜めている他の課の監視付きで、という形ではあるのだが。大貫は当然新郎として、尾北は花音の親族として、刈野は大貫の職場同僚として、間もまた大貫の職場の同僚かつ新郎友人としての出席だ。間は、新郎友人としてのスピーチもあるだけに、進行の関係上抜かすわけにはいかなかったのだろう。

 ――間は。本当は、見つめたくなど、なかったのだけれど。

 間は小さく漏れかけた溜息を飲み込むと、目の前の料理を胃の中へと放り込むためにカトラリーを手に取った。ちらりと間が視線を向けた先。大貫が花音へと、穏やかな表情で話しかけているのが見えた。





 式そのものは、何のトラブルもなく進行した。そして二次会で強かに酔っ払った尾北を刈野が引き取り、そちらに監視がある程度か着いていくこととなったタイミングで、間もまた自宅へと戻ることにした。間が自宅に戻ると分かれば、監視の者たちも動きやすいだろう、という判断だった。
 間は人通りの少ない道を歩きながら、持たされた引き出物の箱を大きく揺らす。中身が何なのかは知っていた。大貫から事前に伝えられていたからだ。大貫から「君ならすぐに食べ切るかもしれないな」と言われたことを思い出しながら、道のりを歩く。
(綺麗だったな、どっちも)
(幸せそうで、楽しそうで、嬉しそうで)
(そして……)
 嫌というほど見慣れた玄関まで辿り着き、鍵を取り出す。チカリと蛍光灯の明かりが鍵に反射するのに目を細めながら、間はドアを開いた。

 暗い、暗い部屋が、間を待ち構えている。
(僕はそこから見えなくなる)
 ドアを閉め、鍵を掛けた。明かりを付けてしまえば、程なくして間に着いてきていた監視も職務終了だろう。大変だっただろうな、とそう少しばかり同情しながら、ゆっくりとまた息を吐いた。

 間が迷うことなく向かうのは台所だ。丁度いいことに、明日は燃えるゴミの日だった。
(案外、あれだけじゃ変わらないもんだなぁ……。流石に二度目は通用しないだろうし、どうしようかな)
 流石に首元が苦しくなり、ネクタイを緩めボタンもいくつか外す。
(大貫くん、終始冷静だったなぁ……もうちょっと犯人に対して怒るのかと思ったのに)
 大きく溜め息を付いた間は、手に持っていたバウムクーヘンの箱を揺らし、少しばかり勢いをつけて。
「あーあ、」
 台所に置いたゴミ箱の中へと放り込んだ。



「つまんないの」
 ぐしゃりと白い箱がゴミ箱の中へと、潰れながら姿を消した。

あの瞬間大貫くんが見せた激情が間くんにとっての引き金となったので、それがなかった世界線では、彼は大層つまらなさと空虚を抱えたままいくのだろうな、と。