無言の言祝ぎ

(……内部でどういう駆け引きがあったのかな~)
 そんなことを考えながら、間は廊下を歩いていた。

 間が教唆し、尾北信以に己の妹である花音を襲撃させた事件から数ヶ月。間と尾北は、少なくとも自身らで想定していたよりも随分と早く、処分が終わり元の部署へと戻ってきていた。減給こそあっているものの、役職に変更もなければ職務における制限もない、となると、随分と温情を感じるところである。まぁ、間としては戻ってきて以降、ひたすらに大貫との攻防戦が続いているので、あわよくば左遷されないだろうかなどと悩んでいるところなのだが。
「……っと、」
 そうして考え事をしていたせいで通り過ぎかけた扉の前で、慌てて踵を返し、扉の前に立つ。姿勢正しく間がノックをすれば、中から「どうぞー入って」とゆったりとした声が掛けられた。それを聞いてから扉を開けた間の視線の先。
「や、間クン待ってたよ~」
 いつものように笑みを浮かべた真野が、間を出迎えていた。


 便宜上、「真野班」というのは警察の登録データ上にも存在している。だが、実態としては必要に応じて真野が招集した人間を、その時々で班員として扱っているに過ぎない形式だった。間もまた、真野班によく組み込まれる人員の一人で、他班の面々とは真野の指示の元でしか関わったことはない。どちらにせよ、潜入という任務の関係上、真野以外との関わりは特に薄くしている部分はあるのだが。
 その真野からの呼び出しは、間にとっては渡りに船だった。真野は間たちにとって上司であるので、「呼び出された」と言えば、流石の大貫もそれを強固に阻止などしてこないのだから。
「今日はどういう用件ですか?」
「戻ってきたばっかなのに間クンは真面目だな~、感心感心」
「それは流石に。誰かのおかげで、早々と出てきてしまったのかな、なんて」
「え~ウケる~」
(相変わらず適当に流すなぁ……いや、いいんだけど)
 そんなことを考えながら、いつものように間がソファへと座ろうとすると、それよりも幾ばくか早く真野が声をかけた。
「……間クン、ちょっと」
「? はい」
 そうしながら、ちょいちょいと呼び寄せてくる真野に、首を傾げつつ間が近付く。間が十分に真野に近付くと、真野は続けて「はい手出して」と指示をしてくる。
「真野さん? これは……」
「命令だよ?」
「……はい」
 疑問に思う間を強引にねじ伏せるそれは、真野の常と変わらない。故に、間はまた真野の何かしらの気紛れなのだと納得して、真野の言う通りに右手を差し出した。すると、真野がその手を取り、両手で包んだ。
「……?」
 間は首を傾げたが、真野は何も言わない。数秒ほど、間の手を握り込んだ真野は、ぱっと手を離しいつも通りの笑みを再び浮かべてみせた。
「じゃっ、仕事の話にいこうか! ソファ座って~、お茶菓子持ってくるよ」
「……はぁい、了解です」
 間はやはり真野の行動の意図など、分かりはしなかったが。頭を仕事の話へと切り替えたのだった。

生きててくれないと、手は温かくないからね~という話。