「だからぁ、大貫くんは好きにすればいいじゃない」
花音の襲撃事件で処分を受けた間と信以の両名が、元通りの地位と立場のまま戻ってきて数か月。大貫と間は、両者ともに既に回数を数えるのを放棄したやり取りを、性懲りもなく繰り返していた。
「その"好きにしている"状態が今なんだが?」
「いや、そこで僕のこと引き留めるのはナシでしょ。ただでさえ、大貫くんの顔に傷残しちゃったしぃ」
大貫の頬にうっすらと残る傷を見て、楽し気に間は笑いながらもそう告げる。
「大貫くんの前から離れるべきだと思っているから、離れたい」と主張する間と「あれだけのことやっておいて、お前何勝手に離れようとしている」と主張する大貫のやり取りは、常に平行線だ。しかも間は潜入捜査もよく行っていることから、他班からもそれなりにお呼びがかかっているらしい。故に、間はこれ幸いとばかりに尾北班自体を抜けるべきだと主張し。大貫は、絶対に行くなと引き留めているのだった。
なお、尾北は二人のやり取りについてはノータッチを貫いており、刈野は刈野で「僕と尾北さんに火の粉が降りかからないなら、お好きにどうぞ!」とぶん投げ体勢を取っている。そして、四課の統括にも関わる真野からは「遺恨が残っても困るから、きちんと両者が納得した結論出してくれるー?」という指示が出ている為、結局どちらも折れることのないまま、やり取りは続いていた。
「大体、僕が班から離れたって、また仕事で一緒になるかもしれないし」
「はぁ? 間、君ここに他班から派遣された人員が、今までいないの分かってて言ってるだろう」
「……まぁね?」
「あぁ、もう!」
一応、どちらも仕事に影響を出すつもりはないため、これらのやり取りは休憩中か勤務が終了したタイミングでしか行われていない。本日もそれぞれ勤務が終了した後に、休憩室を陣取って行われていた。
「大貫くんは、ちゃんと花音さんのことを優先させればいいじゃない」
「だっから、なんでそこで花音が出てくる!?」
「もう一人の尾北さんを唆しといて言うのもなんだけど、僕は花音さんのことも気に入っているから?」
「……それはそれは」
(あぁもう、本当に間が何を考えているのか、分かりやしない!)
大貫は内心で舌打ちを零しつつ、間に向き直る。間は大貫が激情をねじ伏せ冷静を保って話していても楽しそうにし、逆に激情を露わに詰め寄っても楽しそうにするものだから、突破口が見えないのだ。大貫自体への興味は継続しているようなので、それがある内はまだ大貫にチャンスがあると信じたいのだけれど。
「私は、君は君で大切だし、ここにいてほしいだけなんだが」
「えぇ~?」
行儀悪く机に腰かけた間は、ふらりと足を揺らしつつ懐疑的な声を上げる。既に幾度か行ったやり取りでも、大貫がそれを告げる度に間はこのような反応を示すのだ。そもそも事の発端に「誰からも見てもらえなくなるかもしれない」という心情がありながら、間はどうにもそれとは矛盾した言動を度々取っている。
そもそも、花音を永遠にさせるために尾北の裏人格に花音を襲わせるならば、尾北の銃の方がよほど二人きりに出来ただろうに、敢えて大貫の銃を使わせる。しかも、大貫の拳銃を所持したままだった理由として「つまらなくなったら死のうと思ってた」と言いながら、確保直前に自分自身に拳銃を向けたのは「あの瞬間が一番楽しくて、ここで終わった方が楽しそうだったから」などと言う。大貫の顔に傷が残ったことに嬉しそうにしながらも、傷を残したことを理由に班を離れようとする。予定調和じゃ面白くないと零しながら、大貫の行動が間の予想通りになったことを喜ぶ。
間のそれらの言動の根幹に何があるのか、それを大貫は掴めないでいる。それが掴めさえすれば、間を黙らせ屈服させ支配して、そうして己の下に置いておけるだろうに。どこにも行かせなど、しないまま。
(……って、また妙なことを考えてしまった)
大貫は、いつの間にやら間に対して抱えるようになった強烈な衝動をどうにか宥めすかしつつ、落ち着くために大きく息を吐く。
「……んー、でも。大貫くんには花音さんがいるし、尾北さんも刈野もいるじゃんか」
「だからそれが意味が分からないんだよ、私には。信以さんや刈野や花音がいることと、間がいなくてもいいことはイコールじゃない」
「僕がいなくなったとしても、その穴くらい埋まるよ。花音さんじゃあるまいし」
「だから……っ、あぁクソ」
「ふふ」
ぐしゃりと手で髪を乱す大貫を、間は楽しそうに見つめている。その瞳の色が、とろりとろりと楽しそうに揺らめいているのを見た大貫は。ふと、閃きのように思い出した。
「……けれど間。君、私が花音の妊娠を伝えてからが特に、おかしくなったよな?」
そう、唐突に思い出したことがあった。花音の妊娠が発覚した後。それによって結婚式の日取りが変わる可能性があるからと、友人代表スピーチを頼んでいた間にも大貫がそれを報告した時のことだ。
『…………、へぇ』
奇妙な程の沈黙。あの後、そういえば間には他班の応援で抜けた時期があった筈だった。それに、それ以降妙に間が尾北の記録係に立候補するようになり、大貫と裏の尾北の関係は悪化し始めたのだ。
「……えっ」
そう告げれば、間は先ほどまでの笑みを引っ込め、狼狽えたような表情へと変わる。まるで、『そんなこと考えもしなかった』と言わんばかりの表情。
――その瞬間、間違いなく流れは切り替わった。
◆
「……けれど間。君、私が花音の妊娠を伝えてからが特に、おかしくなったよな?」
「……えっ」
思わず、間はぱちぱちと瞳を瞬かせ、大貫を見やった。
「よくよく考えたら、今までの話でも、君は私と花音の子供については全く言及しないな? つまり、それはそこに『何か』あるんじゃないのか」
「……えぇと、それ、は……」
「ならば、本当はそこに思うところがあったということだろう?」
「か、花音さんと、子供は……違うじゃん……」
「何も違わない。私にとっては」
「……っ、違うよ、違う……それは、全然違う……」
「どこが?」
先程までは苛立ちすら見せていた大貫が、明らかに気持ちを立て直していた。そのことに、間は思わず焦る。
(なに? なんで、急に大貫くんは、子供の話なんて)
――だって、子供は違うのだ。花音は尾北の大切にしている妹で、大貫が大切にしている恋人で。まぁ自分に対しても友人のように気さくに接してくれる女性であるので、間なりに敬意というか誠意を持って接していた。仕事の上で関わる相手ではないが、間からすれば身内のようなものですらあった。だから、大貫が花音を愛していて大切にしていて、そちらを見ていたとしても、間は間で同期として隣に視線を向けると分かっているから何の問題もない。だが、子供はそうではないに決まっているのだから。
(でも、別に、こどもに罪はない)
間は同じくらいそれが分かっているから、口を噤むしかない。
「あと気が付いたのだが」
「な、に」
「君、私が尾北班以外の誰かと関わっている時も、結構妙な挙動をするよな? ……たとえば、真野さんとか」
「なんで真野さんの名前がここで出るの!?」
「……ほら」
思わず声を荒げた間に、大貫が冷静な顔で指摘をする。
「君の方が大概真野さんと関わっているくせに、私が真野さんと関わった後は、妙に探ってくるだろう?」
「……、」
はく、と間の口が動く。だが、そこから言葉は出てこない。
(どういう、大貫くんのそれは何? 何が聞きたい?)
「だって、それは……違う、から……」
「もう少し論理的、もしくは何らか伝わるように言ってくれよ」
「それは、それは……」
問い詰められている。それだけは間にも分かる。だが、大貫の聞きたいことが分からない。間は何も、先ほどからおかしいことなど言っていないのに。大貫はそれは違うという。間の言葉は大貫の求めたものと合致しないから、違うものを出せと言われている。
(????????)
頭の中で言葉がまとまらない。何も分からなくなったまま、そうして間は。
「……ぁ、」
瞳からぼろぼろと涙を零した。混乱のあまり、なにもわからない。雫が後から後からぱたぱたと零れるのを、茫然と見やりながら、間の頭の中が疑問符で埋まっていく。
(なんで? 何? どういうこと? 分かんない……大貫くんわかんないよ)
目の前で間の様子を見ていた大貫は、僅かに首を傾げた後、ぽつりと一言だけ漏らす。
「……へぇ」
そのままそっと間へと近寄ってきた大貫の表情にも声音にも、明らかに喜色が滲んでいた。
「君はそんな風になるわけだ?」
「、ぅ……」
喉の奥で何かが絡んだように、間の口は何の言葉も吐き出さない。思わず少しだけ下を向いた間を咎めるように、大貫が手で顎を上げさせ、間と視線を合わせてくる。
「ふぅん、良いことを知ったな」
ぺろりと間の頬を伝う涙を舐め取った大貫は、至極楽しそうな声色のまま、そう告げた。
間くん、まぁまぁ序盤の感情理解の所で止まるので、結構すぐバグる。