極地にある不理解を溶かす

 『セックスしないと出られない部屋』とでかでか書かれた看板を目にした北条は、まずその真下にあるドアへと歩み寄るとドアノブをガチャガチャと回した。……当然、ドアは開かない。その後も軽くドアに体当たりをしてみたり、ノックをするように壁まで含めぐるりと回ったところで、北条は「脱出は不可能」と判断し、部屋の中央へと戻ってきた。
「よりにもよって、この3人でかよ……」
 部屋の中央には、北条以外にも二人の姿がある。金色の瞳を眇め、北条ともう一人を見やってイヤそうな顔をしてみせた真中と。
「セ、セ……って」
 看板の内容に動揺したように頬を紅潮させる、西藤の姿だ。


 その日のVoyageは、五人でレッスンとトレーニングに励んでいた。夕飯前に一度切り上げ、各自シャワールームで汗を流すなり、自室で寛ぐなりと各々別れていた筈なのだが。
「何故か、僕たち3人がこうして同じ部屋に閉じ込められている、と」
「北条はどう思ってるんだよ」
「うーん、ネバ太の仕業かなと思いはするけど、それなら尚のことどうしようもないな」
「……だよな。あーあ、ほんっと何で北条と西藤とだよ」
 げんなりとした様子を隠さない真中のその台詞に、なかなかフリーズから戻ってこれなかった西藤がようやく噛みついてくる。
「それは僕の台詞なんだが? 僕だって、真中とだけは嫌だよ」
「……俺と"だけ"は? へぇ、つまり北条となら良いのか」
「えっ? ……はぁ!? そういう意味じゃ……、いやそういう意味になるのかもしれないけどっ」
「ははーん、それはそれは。まぁ俺だってお前と北条なら……」
 二人のじゃれ合いを聞きながら、北条は思案する。
(コトに及ぶ内1人は当然僕として……真中と西藤なら、西藤の方が僕的にも罪悪感は少ないんだよな……)
 男相手のセックスの経験があるのは、恐らくこの3人の中では北条のみ。しかも北条はかつての恋人相手にネコであったから、そういう意味でも負担の大きい側を受け持つことは出来る。問題は、真中と西藤のどちらかに北条に挿れてもらわねばならないことだ。北条としては、真中が未成年であることから、個人的にはあまり望ましくないところがある。だが、西藤の反応を見る限りでは、あまりこういったことに慣れていないのだろう。それをこんな場面とはいえ、無理矢理にというのは気が引けるのも事実だ。
(……普通に二人に委ねる方が楽かな)

「ひとまずだ。僕が挿れられる側になるから、そこは安心していいよ」
「大体…………えっ?」
「北条、それどういう意図で言ってるんだよ?」
 北条の唐突な発言に、真中と西藤が揃って不思議そうな視線を向ける。
「僕はまぁ……経験があるから、それ自体は全然いいんだ。いや、状況は良くないけどな? ただ、早めに出られるに越したことはないし」
「経験がある、って……」
 驚いたような二人の表情を見て、北条は首を傾げつつも納得した。よくよく考えれば、おおっぴらに明かすようなことではないのでメンバーにそんな話をしたことはなかったのだ。ましてや、Voyageで成人しているのは北条と西藤のみであるのだし。未成年である真中や南部、東峰にするような話では、尚のことない。だが、こういう状況であるならば、流石に致し方ないかと判断し、北条は口を開く。
「彼氏がいたんだよ。あぁ、Voyageを結成する前の話。その時に、経験があるから大丈夫って話」



 その北条の台詞を聞いた瞬間、西藤は己の胸の内に靄が広がるような感覚を覚えた。Voyageを結成する前に経験の――男性との経験がある北条。別の誰かと共にいたことがあるというのは、それは。
(……"それは"?)
 自分の思考の向かう先に僅かに西藤が首を傾げている間に、真中がずけずけと北条へと突っ込んでいく。
「へぇ、まさかそんなことあっただなんてな。……でかい隠し事じゃないか、それ?」
「そうかな? いや、真中たちが未成年だし、こういうのって言いふらすものでもないじゃないか」
「そうかもしんないけどさぁ」
「……まぁ、そういうわけだから。少なくとも、そこで揉める必要はないってだけで」
 北条の態度から、その過去の男に対する未練などはないことが伺える。西藤にとって、その一点のみは安心できるものだった。
「……てことは、後は俺と西藤のどっちが挿れる側になるかってことか」
「ゲホッ、なっ……!?」
 少し考え込む様子を見せた真中が次に出した台詞に、西藤は思い切り噎せこむ。そして真中の方を見やれば、真中は呆れたような表情を西藤へと向けてきた。
「脱出条件見てみろよ。セックスしないと出られないんだぞ? 挿れられる北条だけいても、どうしようもないだろ」
「そ、そうだけど……っ、そんな明け透けに」
 北条は真中と西藤のやり取りを苦笑して見守るのみで、特に仲裁するつもりはないらしい。真中は、わざとらしく片眉を跳ねさせ「ははーん」と声に出すと、にんまりと表情を変える。
「まぁ、俺と"だけ"は嫌みたいだし? 北条相手なら、シンメとして西藤がやるのがいいんじゃないか?」
「真中、その言い方だと西藤が断りづらいだろう」
「……ほ、北条が嫌でないなら、僕が相手をする」
 逆に北条が断りそうな雰囲気を感じ取った西藤は、慌てて声を上げる。否、勿論シンメだからという理由ではない。真中相手はどうにも……というのも本当ではあるし。だが、北条の相手を最初に――Voyageの中で、だ――するのであれば、自分がいい。そう思ったからだった。北条は西藤の言葉に、一つ瞬きをした後。緩く笑みを零した。
「じゃあ、西藤が構わないんであれば。それで行こうか」

セ部屋が好き!
各々のあれこれ事情。
 北条
非童貞非処女。過去に彼女がいたことあり、また直近の恋愛事情は年上の彼氏持ちでネコ側。なお、元彼とはVoyageを結成する少し前に円満に別れている。
西藤のことは年が一番近いのとシンメということで、判定など諸々甘め。真中とは少し前に色々あったことで「凄いセンターだが年下の年相応の少年」という認識になったので、やっぱりちょっと甘め。

 西藤
童貞処女。高校の頃、告白に応える形で彼女がいたことはあるが、割とすぐに別れている。経験なし。
北条のことはシンメだし年上だし成人仲間だし、で信頼強め。真中には夢を見まくっており、割とすぐ「真中はそんなこと言わない/しない」となる。

 真中
非童貞処女。年上彼女に筆下ろししてもらった。元カノとは、アイネバに参加する前に円満に別れている。
北条とはやや微妙な関係性だったが、少し前に色々あってマシになった。ただ、やっぱりムカつきはするのでちょいちょいアタリが強め。西藤には巨大感情を抱いているが、本編の殺意にまでは至っていない。