「……お邪魔します」
「君はいっつも遠慮して入ってくるな?」
「それはそうでしょ……」
大貫の――より正確に言えば大貫と花音たち家族が暮らす――家を訪れた間は、出迎えた大貫の言葉に僅かに溜息をつきつつ返事を返した。花音は子供を連れ兄の信以並びに刈野と出かけており、現在この家にいるのは大貫と間のみだ。靴を脱ぎ、間専用に用意されたスリッパに履き替える間を見つつ、大貫はドアの鍵をかちりと締めた。
DomとSwitchないしSub、SwitchとSub、Switch同士のパートナー関係というのは、必ずしも二者間でのみ成立するものではない、というのが社会通念的な理解である。そもそも生まれ持った第二性と生来の気質が組み合わされば、相性のいい相手というのは多岐にわたる。それにもかかわらず、1人と1人のみの関係しか認めないとなれば、パートナーを得られず心身の不調を訴える者が爆発的に増えるであろうことは明らかで。
故に数十年前であればいざ知らず、今現在においてはそれぞれの中で合意が得られていれば、パートナーが複数いるというのは何らおかしくないことなのだった。……勿論、それが中々受け入れられないタイプがいるのも事実ではあるのだけれど。
(間も丸め込むまでは、相当時間がかかったからなぁ……)
大貫はそんなことを考えつつ、間が迷うことなく部屋へと入っていったことに、少しばかり満足する。それこそ最初の頃は、間は大貫たちの家に入ること自体に相当消極的だったのだから。口ではあれこれ言いつつも、きちんと従順に訪れるようになっただけマシだと言えるだろう。
間が、尾北信以のもう一つの人格を唆し、花音を襲撃させた事件から既に数年が経過していた。実行犯である信以も教唆した間も暫くの期間処分を受けたものの、諸々の事情が絡み合った結果、尾北班は解体されることなく二人共が戻ってきていた。当の間は、直後に班の四人で路地裏で話し合っていた時には大層楽しそうな素振りを見せていたくせ、戻ってきた際には真っ先に大貫の前から逃げ出そうとするなど、色々とあったわけだが。
それでも、「相変わらず、間の考えることは分からない」となりながらも大貫が間を揺さぶり、動揺させ、丸め込んだ結果。
「花音が出かけていないと、間は来てくれないからなぁ」
「それは当然じゃないか。大貫くんと花音さんを邪魔するつもりなんか、ないんだから」
――大貫と花音は夫婦であり、なおかつDomとSwitchのパートナーでもある。そして、大貫と間もまた、DomとSubのパートナーとして正式に届け出のなされた関係を築きあげたのだった。
だが、間は花音……そして子供がいる状態の大貫の家には寄り付かない。そのため、大貫が間とパートナーとして何かしらやりたい時には、花音たちには外出してもらうようにしているのだった。大貫としては、花音にも協力してくれる信以たちにも頭が上がらないところである。
勿論それは、間の家に大貫が訪れる方でも構いはしないのだが、間は自分のホームとなると生き生きと大貫を翻弄してくるので、イニシアチブを取る意味では、大貫宅の方がよほど都合がいいのだった。
「……間」
「うん?」
「ほら、首元、見せて」
「……はぁい」
大貫がそう要求すれば、首元を隠すような格好で訪れていた間は、ボタンを自身で外す。そうして襟を寛げた間の首元には、日常生活には些か不釣り合いな革の首輪が鎮座している。大貫が間に贈り、付けさせているものだ。職務中は流石に、もう少し公共性を意識して布製のチョーカーを装着させているが、非番の日であるならば本来渡している首輪を付けさせるようにしているのだ。
「良い子」
「……それはどうも」
じぃ、と大貫が視線を向けたまま間を褒めれば、間の視線が僅かに泳ぐ。聞く限り、間のSubとしての性質を満たしていたのは、それこそ以前は真野くらいのものだったようなので、間は大貫とのこの手のやり取りそのものに中々慣れないらしかった。そのことにまた大貫の中でじわりと優越感が募るが、それは出さない。
二人が入った部屋にあるのはベッドと机と椅子が1セット、床に敷き詰められた、毛足の長いラグ。その程度のシンプルな内装だ。唯一用意されている椅子へと大貫が腰掛け、間は立ったままでいる。ぎ、と椅子に腰掛けた大貫がくるりと方向を変え、間へと向き直り。そして。
「Kneel」
「……ん、」
大貫がそうコマンドを告げれば、間はぺたりとその場に腰を下ろした。ラグの上に座る間は、椅子に座る大貫を見上げる。その視線に応えるように、大貫は殊更に声音を柔らかくしながら首筋へと指を滑らせた。
「Good boy、間」
「……っ」
つつ、と指を動かし首輪の装着具合を確かめる。たまに、間は敢えて綺麗に首輪を嵌めてこないこともあるからだ。間がそういうことをしてくる時は大抵、酷くされたいと思っているので、逆に大貫は「もういい」と懇願されるまでとことん丁寧に優しくしてやるのだが。
(今日は普通にしてきているな……)
大貫がそのまま首輪と首の境目をなぞるようにしてみたり、そのついでに間の耳元やら頬やらに触れても、間はぴくりと反応する程度で従順な態度を示している。だが、大貫は触れている以上、間にじわりと熱が上がってきていることは感知できていた。とはいえ、それには触れないまままた首元へと指を戻した大貫は、間の喉――気管を指で押さえた。
「……っ、ぁ、」
「間、そのまま」
「……、」
身じろぎをしかけた間を咎め、ぐ、と軽く大貫が指に力を入れれば、間の身体が僅かに震える。間が軽い異物感を覚えるだろう程度の力で暫く押さえた後、大貫は指を離し猫にするかのように間の顎を軽く引っかきながら褒めてやる。
「ちゃんと我慢できて偉いな、Good boy」
「っ、そう……」
大貫の言葉を聞いて、間の瞳が緩く蕩ける。間は、「見られたい」「構われたい」という意思が強いSubだ。だからこそ、「見ている」ことをきちんと示すような状態に満足するし、恍惚とする。たとえ、それが間を肉体的に害するようなものであっても、だ。とはいえ別段、大貫は間に暴力的なことをするつもりなどない。……きちんと、間が大貫のパートナーとしている限りは。
大貫は間の首輪へと指を引っ掛けると、軽く己へと引き寄せるようにする。そうすれば、間の身体がぐらりと傾ぐ。だが、間は大貫の方を見上げるのみだ。また、じわりと間の瞳が期待に揺れたのを確認した大貫は、口端を上げながらベッドの方を指し示した。
「じゃあ、ご褒美の時間だな?」
大貫くんはあまりにもDomが似合うし、間くんはあまりにもSubが似合う。