例外だらけの非論理的行為

「間クン、ちょっと」
「……はぁい、只今」
 じゃ、大貫くんちょっと抜けるから。その一言で、するりと席を立ち上がった間は、扉の近くで立っている相手の方へと歩み寄った。それを大貫は見守るだけだ。相手はちらりと大貫の方を見やると、す、と目を笑みの形に細めながら告げた。
「ごめんね、大貫クン。間クン借りていくよ」
「……いえ、真野さん。お気になさらず」
 大貫の返事を聞いた後に、パタリと扉は閉じられる。そうして足音が部屋の前から立ち去ったのを確認した後、大貫はゆっくりと溜息を付いた。

 真野眞一郎。大貫たちの所属する四課の統括を担う人物の内の一人である。統括をしている、ということは当然尾北班以外の班の采配も取っており、必要とあらば別班の人間を一時的にまとめ指示を出すこともあるらしい。……らしい、と大貫が言わざるを得ないのは、尾北班には他班から誰も派遣されたことがないのが一つ。そして、尾北班の中では間ただ一人が、別班に派遣され行動を別にすることがあるのがもう一つである。
(……いや、それはいいんだ。仕事なんだから、人の向き不向きを含めた采配というのがあるだろうし)
 大貫が真野の采配を直接見たことはほぼないが、文字通り適材適所に人員を割り振っているのだろうことは、仕事を共にしたことがある他の面々から話を聞いて分かっている。だが、大貫が気になっているのは。
『……はぁい、只今』
 そうして真野からの呼びかけに応える間の、瞳が。大貫が目の前にいるにもかかわらず、真野に対して緩く歓喜に揺れるのが、どうにも。
(……いや、ひとまずその感情は置いておこう)
 大貫は頭の中に上りかけた何かにそっと蓋をしつつ、くるりと手元のペンを動かす。
「……まずは、同じ立ち位置から、か?」





 間は別段、セックスは嫌いではない。少なくとも行為の最中は、相手に何かしら必要とされていると実感出来るからだ。……まぁ、今相手をしている真野が、間をそういう意味で必要としているかというと、些か微妙であることは否めないのだが。そんなことをぼんやりと考えていた間は、珍しく最中に口を開いた真野の台詞に、瞳を瞬かせた。
「……あぁ、そういえば」
「んッ、…、な、です…?」
「大貫クンって、本当に真面目なんだね?」
「……っ!?」
(……なんで、この人から大貫くんの名前が出る?)
 尾北班の中で、真野と関わりが深いのは班長たる尾北と他班への派遣や潜入も行う間の二人だけだ。大貫はその手の任務には回されないし、刈野は新人であるため他所への派遣は殆どないため、真野との関わりは必然的に薄い。勿論、尾北班の一員として、二人のこととて真野は把握しているが。それでも、大貫のことを口に出すことなど起こる筈がないのに。
「な、」
「大貫クンとはあまり話したことはなかったけど、結構面白いね。尾北クンといい、君といい、大貫クンといい、」
「……っ、あの、」
「うん?」
 じりじりと、間の腹の底に気持ち悪さが溜まる。――真野の口から大貫の名が呼ばれるのを、聞きたくない。
「大貫くん、の、話……今するの、やめ、てください」
 何が喉に突っかかっているのか、思わず言葉が途切れ途切れになりながら、間は真野に告げる。その間の様子を見て、真野は少しばかり興味深そうな表情を見せる。
「……ふぅん?」
 そのことに間が反応を見せるよりも早く、行為が再開される。ぐちゃりと思考が塗りつぶされた脳内で。それでも、間の脳裏に浮かんだのは自身の同期の姿だった。





「……ちょっと大貫くん。聞きたいことがあるんだけど」
 そう大貫に声を掛けた間は、動線が悪いために人が寄り付かない休憩室でもって、先日真野から聞いた話を早々に切り出した。
「真野さんのことなんだけど」
「……あぁ、そのことかい」
 大貫は、僅かに首を傾げるような仕草をしてみせたものの、間が名を出したことで話の内容に推測が付いたのか、表情が落ち着いたものへと切り替わる。そのことに、間はまた胸の内がもやつくような感覚を覚えつつ、問いかける。
「大貫くんが……真野さんに取り入ってるって聞いた」
「まぁ……それは正しいということになるかな」
「なんで?」
 その間の問いかけに、大貫は片眉だけ跳ねさせながら応える。
「君だって同じことをしているじゃないか」
「なっ、それは……それは、違うじゃん、か……」
「何が違う?」
 冷静に問うてくる大貫とは裏腹に、間ははくはくと口を動かすものの、言葉が出てこない。
(何それ、ずるい、なんで、? なんで大貫くん平然としてんの? 違わないよ?)
 頭の中でぐるぐると巡る言葉はあるものの、それらは何も明確な形を成しはしない。

 ……少なくとも間の中では違う。自分が真野と、そういうことをしているのは、別にそれが嫌ではないからだ。見ていてもらえるのならば、そうさみしくはない。後、単純にスリルもあるし。だが、大貫にそういったことは必要ない筈だ。必要ないことをすることなどない筈なのに、大貫が真野の近くに行くのは、どうなのだろう。
「だって……違うものは違う……」
「理屈がなさすぎるぞ、間」
「う~~……」
 間からすれば、何故大貫が平然としているかも分からないし、大貫が間を見て些か楽しそうな反応を見せるかも分からないのだ。間が弱々しく唸るようにしていると、大貫がさらりとこんなことを口にした。
「じゃあ、君が私を抱けばいいだろう」
 思わず、間は大貫を見やる。大貫の表情は平然としたものだ。
「……本気で言ってる?」
「言っているよ? というか、まぁ、実際のところは『いきなりは無理でしょ』だなんて言われて、途中で終わってしまったわけだが」
 間はゆるり、と視線を動かした。まだ、大貫は真野に全てを明け渡したわけではない。真野は大貫の奥深くまで塗り替えたわけではない。その事実に、間は少しばかり安堵する。……間は自分が何に安堵しているのかなど、考えることなく。
「……なら、そうしてよ」

 そう言いながら間が腕を引いたのに、大貫は身を委ねるようにしてみせた。

情と執着でバグってくれるのは大変良いため。