星で目を灼く者があるか

「……真中?」
 談話室のソファの隅で丸く身体を縮こまらせている珍しい姿を見つけた北条は、思わず相手の名前を呼んだ。呼ばれた真中は、伏せていた顔を上げるとそこにいるのが北条のみであることを確認した後、「北条か」とだけ呟く。
「どうしたんだ、こんな所で?」
「別に……。北条こそ、どうしたんだよ。ここ、使うんなら出てくけど」
 いつもよりか些か元気のない真中の声に内心首を傾げつつ、北条は談話室の使用については否定をしておく。
「いや、真中の姿が見えないから。皆でダンストレーニングの予定だっただろ?」
「……あぁ、そういえば」
「自主トレしてるならそれで良し、違うなら念の為、ってことで僕が探しに来たんだよ」
「なるほどな。……トレーニングのこと、頭からすっぽ抜けてた。探させたのは悪かった」
 真中はソファからのそりと立ち上がると、服を軽く払うような仕草をする。北条は、真中にしては珍しいと思いながら、真中の方へと近寄った。
「それは気にしなくていいけど。……真中、何かあったのか?」
 その北条の台詞に真中が少しばかり眉を寄せたのが、北条から見えたものだから。北条は僅かに真中から視線を逸らしつつ、そこからさらに言葉を紡いだ。
「あぁでも、真中なら僕に相談するまでもなく、大丈夫か」
「……っ」

 その台詞が飛び出して数秒後。ダン、と地団駄を踏むような音がして。
「……っくそ!」
 声が揺れる。その強い激情の滲んだ声に、思わず北条は真中を真正面から見返した。故に。
「……って、真中!?」
「う、る、せぇ、馬鹿!」
 ぼろぼろと涙を零している真中を、ばっちりと視認してしまったのだ。真中の金色の瞳から、大粒の涙が零れている。それこそ、写真集だとかスナップショットで「ちょっと瞳を潤ませてみようか」というカメラマンに応える形で、やってみせるそれとは間違いなく違う。今、真中は北条の目の前で本当に泣いている。
 北条は慌てて、持っていたハンカチで真中の涙を拭おうとした。だが、真中がその手を弾き拒絶する。
「なんだよ、何なんだよ、そうやって手ぇ伸ばすくせして、届かないなんて勝手に思いやがって!」
「北条、お前いっつもそうだ! 東峰のことも南部のことも西藤のことも、気付くくせに!」
「俺、なら大丈夫とか! そんな、なんで俺ばっか……っ!」
 ぼろぼろと大粒の雫が滑り落ちている。肩を震わせる真中の瞳には、怒りと哀しみで満たされていた。


 真中の叫びを聞いて、ぽつり、と北条の中に気付きが落ちる。
(……そういえば真中って、東峰と同い年だったんだった)

 今更のように思い出した事実だった。否、メンバーのプロフィールは、北条の頭に一通り入っている。それこそインタビューから何から使うことであるし、最年長の北条が他のメンバーの分まで申し込みやら手続きをする関係で、生年月日などは覚えておいた方が早いからだ。
 真中真也、2月13日生まれ。ライトの明かりを眩く跳ね返す、金色の髪と金色の瞳でステージ上を駆け回るアイドル候補生でも指折りの実力者。歌唱力こそ西藤が勝るものの、それ以外の部分では総合的的に平均点以上を叩き出す男。努力も欠かさない、カリスマ性とパフォーマンスで魅せる『Voyage』のセンター。……そして、東峰と同じ17歳だ。
 データとしては認識していた。だが、北条にはそのことに対する「実感」が、あまりにも薄かったのではないだろうか?

 北条は、ステージの中央でライトに照らされている、真中を見ているつもりでいた。だがそれはきっと、「真中真也」を見たものではなかったのだ。
(それじゃあ、こうして真中にキレられても当然だな……)
 スン、と鼻を鳴らしている真中に、北条はまた一歩近付く。そして、改めてハンカチで涙を拭ってやった。今度は真中も拒否をしなかった。
「……真中」
「………………」
「今更謝ったところで、何様だという話になるとは思うんだが」
「……よく分かってんじゃん」
「年下を泣かせる年上は最低だ、と僕も思っているので」
「……ん」
「今度、二人で焼き肉でも行かないか。僕の奢りで」
「……北条、もしかして年下の扱い、下手? 普通、この状況で焼き肉に誘うか?」
「親戚は年上ばっかりだったから……。いや、やっぱり肉はたくさん食べたいかなって」
 真中は北条の台詞を聞いて、大きく溜息を付く。
「あーもう、仕方がないな! 年下にこんだけ気ぃ遣わせて」
「面目ない」
「焼き肉は一番高い店な!」
 その真中の言葉に、北条は少しだけ表情を緩めて「覚悟しとくよ」とだけ返した。





「北条、それ頂戴」
「えぇ? 真中食べ過ぎじゃないか?」
「成長期なんだよ」
「健康診断では、身長伸びてなかっただろう」
「うっさい」
 食堂で皿の上のベーコンで攻防戦を繰り広げている北条と真中を見やった、東峰が首を傾げる。
「あれ、真中くん、北条さんと仲良くなったみたい……?」
「んー、みたいだな。いつの間にって感じ」
 東峰の隣に座る南部は、苦手な野菜と格闘しつつおざなりに返事を返す。北条と真中のやり取りは、西藤が遅れて入ってきたことで、真中のターゲットが西藤に変わるまで続いたのだった。

北条が真中くんを東峰くんと同い年の子だと認識出来ていれば、色々とフィルターが外れたんじゃないかな、と0523卓北条においては思うのですが、残念ながら本編ではその時間が足りなかったなぁということでもあります。