「北条さん、あの……ぼくは、北条さんのことが……好きです。……その、同じグループのメンバーとか、そういうのではなくて……一人の人、として」
ある日、東峰から大事な話があると言われた北条は、東峰の口から出た言葉に瞳を驚きに染めた。東峰の表情は緊張した面持ちで、それを言い出すまでに随分と勇気を振り絞ったであろうことが、読み取れる。
その言葉を聞いて、北条に真っ先に生じたのは喜び。だが、それと同じくらい瞬時に北条の脳裏に保身が走る。
(……僕はいい。だけど、東峰の今後を考えるなら)
だから、北条はこう返したのだ。――のちに、自分がそれによってどれほど追い詰められるかなど、予想もせずに。
「そう言ってもらえるのは嬉しい。だがそれは……東峰が、僕への信頼を恋心だと、そう思ってしまっているだけじゃないか?」
「それは……東峰が、僕への信頼を恋心だと、そう思ってしまっているだけじゃないか?」
北条がそう返してきた瞬間、東峰はすぐさま気が付いた。
(……今この人は、ぼくの想いそのものには応えずに、告白を流した)
困ったような笑みを浮かべる北条の表情に、東峰から向けられる感情への嫌悪はない。
――東峰とて、告白を受けてもらえるだろうという確信を持って、想いを告げたわけではない。同じグループのメンバーとして、可愛がられてはいる。故に人として嫌われてはいないだろう、という部分にしか確信はなかった。だからこそ、たとえ北条が東峰の想いを受け入れなかったとしても、東峰は納得するつもりでいたし、出来ると思っていた。
……もし、「東峰のことは、そういう風には見られない」と言われたのならば、それこそ間違いなく納得した。もし、「他に好きな人がいる」「既に付き合っている恋人がいる」と言うのであれば、諦める努力をした。もし、「今はそういうことは考えないつもりだ」と告げるのであれば、待つ覚悟をした。
だが。北条のその返事は、「北条が東峰のことをどう思っているか」というところから出た言葉ではない。「東峰が北条を恋情で以て慕っている」こと自体を退けたのだ。
同じ想いを返してもらえるなどとは、ゆめゆめ思っていなかった。断られる可能性の方が高いということも分かっていた。それでも、告げたのは、東峰の覚悟であるというのに。
だから、東峰は決めたのだ。
(――絶対、この人に、頷かせる)
「……北条さんの答えは、『そう』だと思って、いいですか……?」
「うん、そうだな」
頷いた北条に、少しだけ顔を俯かせた東峰は、一つだけ息を吐き出すと「急に呼び出して……すみませんでした」と告げ、その場を立ち去ったのだった。
次の日の東峰は、北条への告白などなかったかのように振舞っていた。今も、東峰は南部とじゃれ合っていて、楽し気なやり取りが北条にも見えている。そのことに、北条はほっとすると同時に、少しだけ罪悪感と寂しさを抱いた。
(僕の方からあんなことを言っておきながら、ムシがいいな……)
北条はそんな自分の思考に嫌気が差しつつも、思考を切り替えようと頭を軽く振る。それはそれ、これはこれだ。Voyageとしての活動に支障が出るような事態は、望ましくない。そうして北条は自身の分のドリンクを取りに行ったので、東峰がそんな北条の様子に視線を向けたことに気が付かなかった。
「ごめんね? 南部くん」
「いいって、涼。オレは全面的に協力するつもりだからさ」
そして、年下シンメ二人のそんな密やかな会話も聞くことはなかったのだ。
◇
「北条さん、あの……この部分の演出について……相談させていただきたいんです」
話しかける回数を単純に増やす。仕事やレッスンに関わる部分であれば、間違いなく北条さんは拒否をしない。真剣なアドバイスは、とても参考になるし、より好きな気持ちが増してしまう。
「今日は……南部くんは真中くんと一緒なので、ぼくと北条さんですね」
毎回は流石に怪しいけれど、出来る限り皆に協力を得つつ、北条さんと一緒に組めるようにする。今回あぶれた西藤さんには、申し訳ないんだけれど。北条さんは微笑んで「じゃあ始めようか」と言うので、やっぱり普通に好かれてはいるんだろう。
「あ、北条さん! これ……北条さんにお土産です。北条さんだけなので、他の人には……秘密にしてくださいね?」
一人だけ特別扱いは、当初は遠慮されたが、ぼくが強く押せばどうにかなった。それ以降も同じように告げながら渡せば、北条さんは僅かに嬉しそうな様子を滲ませ始める。実際北条さんにしか渡してないものは沢山あるので、どんどん受け取ってほしい。
「北条さん、今度のお休みの日って……空いてます……か?」
そう問うて断られることは殆どない。よほど事前に他の誰かと約束している時くらいだ。流石に、休日の全てを削らせたいわけじゃないから、誘う頻度は少し低い。でもスケジュールアプリを確認している北条さんを見るのは好きだから、誘うのは楽しい。
「……ぼくで、いいんですか? はい、分かりました! 準備してきますね」
そういうことを続けていれば、逆に北条さんから誘われるようになった。嬉しすぎてガッツポーズをしたくなるのを堪え、にこりと微笑む。そうすれば、北条さんの瞳が柔らかく細められた。……いい流れだ。
「あっ、ごめんなさい。その日は、南部くんと、ちょっと」
事前に、南部くんから名前を出す許可は貰っていた。一瞬の沈黙と、気を取り直したような声。そこで露骨に傷付いた表情を見せないのは、北条さんが年上だからだろうか、それとも北条さんの気質なんだろうか。気になりながらも、申し訳なさそうな表情を作る。北条さんが妬いてくれたのなら、嬉しいんだけど。ただ、これはちょっとぼくも心が痛んだので、今後は活用しないことにする。
◇
「なぁ、西藤、ちょっと相談なんだが」
「うん?」
「最近、どうも東峰のことばかり考えてしまうんだ」
「…………そうか」
北条のその台詞に、西藤は努めて沈黙と無難な反応を保った。慌ててしまうと、何事かあるとバレバレになる己の気質を分かっているからである。あの年下の、気弱で繊細な筈の――いや本来はそうで間違いないのだが――東峰が、やや目の据わった様子で北条との仲の外堀を埋めていることを、西藤は知っている。東峰から直接、牽制のような形で聞かされたからだ。西藤自身は、そこに協力もしない代わり妨害もしないということで協定を結んでいるので、やや思い悩む様子を見せる北条を見つつも、西藤は何も言えないままだったのだが。
ちなみに、真中と南部は東峰への全面協力派である。南部は元よりシンメである東峰を応援しているし、真中は真中で同い年である東峰を応援すると同時に、北条が困ればいいという思いからそうしているらしかった。
(北条には本当に申し訳ないけど、流石に、悪いようにはされないと思うから……穏便なところで落ち着いてくれよ……)
「北条が一番いいと思う選択を取ればいいと、僕は思うけどな」
「そうか……、そうだな」
西藤がそう祈りながら北条に告げれば、北条もまた納得したような表情を浮かべたのだった。
――そして。
「……ね、北条さん」
身長が伸び、幾分か北条と近くなった視線が、それでも下からこちらを見上げている。
「……東峰?」
その東峰の視線から何故だか逃れたくなり、北条は僅かに後ずさる。だが、東峰は逃がす様子を見せない。レッスンルームには、北条と東峰の二人きり。真中は撮影の仕事が入っており、西藤と南部は連れ立って外出している。正真正銘2人きりの状況というのは、ひどく何かが危うい気がして、北条は狼狽えた。だが、東峰はそんな北条の様子に気が付いていないのか、そのまま話を続ける。
「……ぼく、もうすぐ成人するじゃないですか」
「そう、だったな」
「はい。だから、もう一度言おうと思って」
「もう一度? ……というか、その、東峰」
「なんですか? 北条さん」
じりじりと下がる北条を追うようにじりじりと近寄ってくる東峰によって、北条はいつの間にか壁際にまで辿り着いていた。甘やかな瞳が北条を見上げている。
「昔、ぼくが言ったこと、覚えてますか?」
「昔……?」
急な話題転換に、北条が瞳を瞬かせた。東峰が指す「昔」とは一体いつなのか。己の記憶の中から北条が思い出すよりも早く、緩く笑った東峰が答えを告げる。
「ぼくが北条さんに告白したこと、あったでしょう?」
「……あぁ、あったな」
そう言われれば、北条はすぐさま思い出す。勇気を振り絞ったであろう東峰の必死な様子と、自分が返した言葉まで蘇ってきた。だが、それが今の状態と何の関係があるというのか。
「北条さん、言われましたよね? 『信頼を恋心と勘違いしているんじゃないか』って」
「確かに言ったよ」
「だからぼく、ずっと北条さんのことを、見てきました。良いところも悪いところも」
「……うん」
「そしてその上で、言います。やっぱりぼくは、北条さんのことが好きです。他の何かと恋心を勘違いしてるんじゃなくて、間違いなく北条さんのことが好きです」
「東峰……」
「だから北条さん……。倫理的にどう、とかぼくが将来苦しむかも、とか、そういうのじゃなくて。……北条さんが、ぼくを、どう思っているかで返事をしてください」
「……っ」
東峰から真剣な表情と声音でそう言われた北条は、思わず息を呑む。かつて東峰の告白を断った――否、流したことを東峰は気が付いていたのだ。その上でなお、東峰は北条が好きなのだと言う。また一つ距離を詰められたのを理解しながら、北条は言葉を探す。
東峰が今求めているのは、「北条自身の思い」だ。その率直な思いを、北条が表すのであれば。
(南部のことを羨ましい、とそう思ったのは事実なんだよな……)
東峰にとってシンメである南部を、東峰が大切に思うのは何らおかしいことではない。だが、そうやってわざわざ理由を上げ連ねている時点で、そういう風に考えてしまっている時点で、北条の中で答えは出ているも同然だ。
北条は意識的に、ゆっくりと息を吐き出すと、こちらを変わらず見つめている東峰へと向き直った。
「東峰はその……あくまでも念押しになるけれども、僕のことが好き、な、わけだ?」
「……はい」
「うん、そうか……。……あー、その……」
「……」
「僕自身の気持ちとしては……、もうとっくに、お前のことは好きだったんだろうな……」
「! ということは」
「東峰にそういうことをするような僕だけど。それでもいいんなら、東峰の気持ち、受け入れさせてくれ」
そう北条が告げた途端、東峰が真正面から北条へと抱き着いてくる。
「東峰!?」
「嬉しいです……! 北条さん、大好きですよ」
嬉しそうに笑った東峰は、そのまま北条のことを暫くの間抱きしめ続けたのだった。
ちなみにその後、東峰がガンガン押していくものだから北条が西藤に助けを求め、年上シンメvs年下シンメwith真中などという、面白い状況に至ってしまうのは、別の話である。
私は年下から告白された時に、「その感情は勘違いなんじゃないか?」と自分自身の感情を一切含まない断り文句を告げる年上が大好きでな……。