大層不健全といって差し支えない大貫と間の関係は、その後もずるずると続いたままだった。唐突に間の腕を引き、ホテルへと連れて行く大貫とそれに従う間という構図は変わらない。だが、間はそこに些かの変化を感じ取っていた。
「んっ、……ふ、……ふ、ぁ、!」
己の口の中を蹂躙する大貫の舌の動きに、間の身体が跳ねる。飲み込みきれない唾液が口の端から垂れるのが気になるが、大貫が満足するまでは拭うことは叶わないだろう。酸素が足りないのと相まって、僅かに頭の芯がぼぅとするのを感じながら、間は大貫に縋り付く。
……まず、このように前戯が長くなった。当初はキスなどしていなかったし性急に事を運ばれていたというのに、ここ最近は大抵キスから始まる。まぁ、それは大貫とて気持ち良い方がいいだろうから、間としては好きにしてもらって構わないのだが。
「ほら、間、口塞がないでくれ」
「ぁ、!? ま、って、大貫く、ひぅ…っ、……っめ、それ、ッ! ~~~~ッ!」
間の声を、大貫が聞きたがるようになったのが、間としては居たたまれない。聞きたいものでもないだろうに、と己の手で口を塞ごうとしても、大貫にそれを阻止されることが増えていた。ただでさえ、間の身体は大貫に開発されているのだが、間の反応から更にイイトコロを攻められるようになってしまい、意識を保つのが厳しくなってきている。間が気絶した後に、大貫に後処理をされることも多い。
現にそうして一瞬意識が飛んでいた間は、大貫がシャワーを浴びている音で、意識を浮上させた。相変わらず、身体は泥のように重い。間の身体にべたつきは残っていないので、やはり今日も大貫が後処理をしたのだろう。
「……ぁ~、ねむ……」
しかしながら、その割に、大貫が間を連れ込む頻度は間違いなく下がっている。これが間の気が付いた、2つ目の変化。現に、今日の行為も以前のそれからだいぶ時間が空いていたのだ。その間に、大貫の非番の日も間の非番の日も幾度かあったので、大貫のそれは意図的であろうことは読めた。
それらの変化を鑑みれば。恐らく。
(大貫くん、だいぶ色々昇華出来たってことかな……)
と間は結論づけた。否、まぁまだ推測の域を出ないが、これが一番可能性が高い。うつらうつらと再び微睡みながら、間はそれならば、と考える。
(じゃあ、潮時だろうし、そろそろ大貫くんの近くから離れよっかな……)
今までは、大貫の気持ちのやり場がなかったのを受け止めるという目的があったが、大貫の気持ちが安定してきたのなら、間が近くにいる方が宜しくないだろう。大貫の心を乱すのは、間としても本意ではないのだから。とろり、とまた睡魔に襲われるのに身を任せ、間は瞼を閉じる。そうして意識が落ちる間際、己の髪が撫でられたような気がした。
◆
「売り言葉に買い言葉」ということわざがある。相手からの暴言についうっかり同じように暴言で返してしまうことだ。そういう時は大抵、心にもないこと、本心では違うとよく分かっていることが、口から出ることがある。
『間……君が、もっと早く信以さんのことを告げていれば、花音は死ななくて済んだのに』
あの日、大貫から出た言葉も、それだった。勿論、大貫がそのようなことを全く、一欠片たりとも思わなかった、と言えば、流石に嘘になる。だが、同じくらい大貫は分かっていた。――そもそも、大貫は尾北信以の違和感に気付きすらしなかったのだ。あの日、花音との結婚報告と花音の妊娠について報告した時に、尾北からひどく罵倒されるまで。
間が大貫よりよほど早く尾北の違和感に気が付き、調査を重ねられたのは、ひとえに間の方がこの部署に配属されて長いということがあるのだろう。間が慎重に事を進めていたのは、調査がバレてしまった際に、それこそ間ごと揉み消される可能性を案じていたからに違いなかった。狡猾な隠蔽があったとなれば、「隠蔽できるだけの権力を持つ者がいる」と考えるのが普通だからだ。そこで解離性同一性障害、という選択肢が即座に出てくる方が稀だ。そう考えれば、大貫がどの口で間を責められるだろう。違和感はあれど、それを流してしまった自分も、花音を殺した要因だと言えるというのに。
それでも、そんな言葉が出てしまったのは、大貫の間に対する「甘え」に他ならない。だから、間は大貫にその時点で怒りを見せたってよかったのだ。だが、そこでその通りだと頷いてしまうような男だから、大貫と間はこんなことになってしまったのだが。
そうしてそこからずるずると続いた関係は、大貫が意識を切り替えることで些か変化を迎えつつあった。……端的に言えば、情が湧いたのだ。否、元より同期として、友人として大貫は間を信頼していたし、間からもそう思われていることは分かっていたが。「そういうことをする相手」としても、大貫は間に情を傾け始めていたのだった。見当違いの憎しみの継続が、普通に難しかったこともあるが。
あとは、普通に友人である時には見られなかった、間の一面を見ることが出来たのも大きい。頬が紅潮しているところだとか、気持ちいい時に目を瞑るところだとか。快楽で蕩けた声を聞きたい、という気持ちが湧いてきたあたりからは、せっせと前戯を施し世話を焼いていたような気がする。
だが、大貫はそもそもの発端が大層不健全であることも、同じくらいに自覚していた。このままの関係を続けていては、間のためにも間違いなく良くない。故に、行為の回数を減らし、かつてのように普通に呑みに行く回数を増やすように努めた。居酒屋に行ったのみで普通に別れたことに、間は些か不思議そうな表情を見せたが、間からすれば疲れる行為が減るのだから、悪くはないはずだ。それでも時たま間を抱いてしまったのは、まぁ、大貫の欲が負けた結果であるので、何ら弁明は出来はしない。
そうして過ごしていきながら、大貫は間との関係を元に戻す、そして新しい形を取れたらいい、とそう思っていたのだ。だが。
……間は、大貫からすれば突如想定外のことをするタイプなのだと、大貫はこの時、すっかり忘れていたのである。
◆
そんなある日。大貫が出勤すると、部屋の中央で刈野がうろうろと歩き回っていた。顔を勢いよく跳ね上げこちらを見やった刈野は、大貫がいることに対し、更に表情を狼狽させる。……そのことに、大貫は妙に嫌な予感がした。
「刈野、どうしたのかな」
「いえ、あの、えぇ~これ僕から言うのかな……大貫さん知ってたら、別に僕の杞憂で済むんですけど」
「何だい」
「……あの、間さん、今日付で警察辞めたって」
「…………はァ?」
刈野から聞こえてきた言葉に、想像以上に低い声が出、刈野が盛大にビビり倒した表情になった。だいぶ遠くなったあの議論の時は、尾北を庇うために強気に出てきたが、元来刈野はそういうものに強くはない。大貫は多少申し訳なく思ったが、視線で刈野に話を促す。
「……あの、三十分前くらいに間さんがふらっと姿現して、『刈野、僕警察辞めることになったから。今までお世話になりました、君はこれから頑張って。あ、置いていってる私物は餞別で貰っていいよ。大貫くんにも伝えといて』ってことで、紙袋持って、出ていきました……」
「…………………」
「……あんまり間さんがあっさりしてるから、ドッキリなのかな? とか一瞬思って、上に確認したんですが」
「うん」
「本当みたいで」
あんまりにも刈野が恐縮しきっていたので、大貫は大きく息を吐き心を落ち着かせようとする。否、全く出来ていないのだが。
大貫が歩み寄った、間のデスクは綺麗に片付いている。元々、整理整頓はきちんとする性質であったので、あまり違和感を抱いていなかったのだが。こうして見てみれば、少し前から随分と物が少なくなっていたような気がする。
「……」
開けた引き出しには、引き継ぎ資料の類が入っている。そして支給の文房具の類も。間が置いていった私物など一つもない。ただただ、職務に必要なものだけが残されていた。
(間、そういうとこだぞ)
内心で舌打ちを零した大貫に、刈野が恐る恐る提案してくる。
「あの、大貫さん」
「何」
「間さんの家に行ってみるっていうのは……」
「!」
その提案で、大貫はようやく我に返る。間が警察を辞めたとして、自宅には普通に戻っているだろう。そこで真意を聞けばひとまず、溜飲は下がる。いや一発くらいは小突かせてほしいが。そう思いつつ、大貫はつい先程入ってきたばかりのドアを開け、刈野の方を振り向く。
「刈野、なんかあれば連絡!」
そして、それだけ告げて部屋を飛び出していった大貫を見送った刈野は、ようやく一息付くことが出来た。
「僕のこと巻き込まないでくれるかな、二人共……」
◆
車を飛ばし――気持ちの問題であり、当然法定速度だ――間の自宅マンションに到着した大貫は、オートロック前に設置された間の部屋のポストに何の名札も差し込まれていないことに気が付き、口元を引きつらせた。管理人室にマンションの管理人の姿が見えたため、大貫は出来る限り呼吸を落ち着けた上で、間について訪ねる。管理人が大貫とも面識があったのが幸いし、どうにか得られた答えは。
「間さん? 確か昨日引っ越ししましたね~」
「そうだったんですね。すみません、お仕事中に」
「いえいえ。間さんも友人に伝え忘れるなんてドジですね~」
そんなやり取りをかわした後、大貫は努めて笑顔を保ち、車へと戻る。どうにか自身の車に戻るまでは堪えた大貫は、車に乗り込みドアを閉めるなりハンドルへと拳を叩きつける羽目になった。
「くっっっっっそ、間、君そういうとこだぞ!!!!」
善意で離れる間くん vs いざ歩み寄ろうとした矢先に逃げられる大貫くん