「間、君に頼みごとがあるんだけれど」
そんな形で話を切り出した大貫に、休憩室でカフェオレの缶を傾けていた間は、「何だい?」と一言問い返した。間が視線を向けた先、大貫の表情は常の冷静沈着といったものではなく、照れが滲んでいる。そのことに、間は内心で首を傾げた。
(大貫くんにとって嬉しいこと、で僕への頼み事? 何が……)
だが、間の疑問は、すぐさま解消される。
「君に、私の友人代表のスピーチを頼みたいんだ」
「! てことは、」
「花音と、結婚することになった」
「なるほど、そういうことか。おめでとう」
「ありがとう」
前祝いのようなノリでもって、間と大貫は互いに飲んでいた缶を乾杯の要領でぶつけあう。大貫の表情にも納得がいった。間は、彼らのデート先について大貫にあれこれ口を出したことを思い返しながら、「本当にめでたいな」と呟く。
「ぜひぜひ任せてくれ。大貫くんの頼みなら、張り切ってスピーチ原稿作らないとなぁ」
「エピソードは選んでくれよ?」
「それはもう。君のジョークが下手なのは絶対入れる」
「私の話聞いてるかい?」
間は大貫の声が呆れかえったものになったのを気に留めた様子もなく、己のスマートフォンを取り出し、ひとまず「新郎友人スピーチ例文」で検索を掛けた。とはいえ、ウェブ上で出てくるものであるので、ざっと目を通すくらいで良いだろうが。
(今日の帰り、本屋に寄ろうかな)
「えーと、僕が君の友人代表スピーチとして、尾北さんも花音さんの親族としてスピーチするよね? そっちと内容被らないように、打ち合わせした方がいいだろ?」
「あ、それは明日以降の方が助かるかな」
「ん? ……この話、まだ尾北さんは知らないのか?」
大貫の台詞に、間は首を傾げる。間がやんわりとではあるが把握している家族構成上、尾北が花音の親族としてスピーチするのは確実だ。こういう打ち合わせは早い方がいいと、大貫も知っているだろうに。
「信以さんには、今日の夜報告に行くんだ。結果的に、君が一番乗りかな」
「普通順番が逆だろうに。まぁいいけど。…………へぇ、それにしても、」
「うん?」
「『信以さん』、へぇ……『信以さん』かぁ……」
「……ニヤニヤしないでくれるかな」
「いやぁ、別に? 何も? 僕は? 『とうとう義兄になるから、下の名前で呼び始めたんだぁ分かりやすいなぁ』なんてことは? 言ってないけど?」
「今まさに言ってるじゃないか!」
「や~、いいな。これもスピーチに入れよう」
「間、君そういうとこだぞ」
間は大貫とのじゃれ合いを続けつつ、大貫にばれぬよう考え込む。
(そうか、結婚するのか……)
大貫と花音の結婚は喜ばしい。友人の幸福は、間としても嬉しいものだ。だから、祝福の気持ちそのものは本当なのだが。……間の懸念は、花音の兄であり、自身の先輩でもある尾北信以の存在だ。前々から募る尾北への違和感、花音から聞いた話を鑑みても、尾北には『何か』がある。だが、その『何か』の正体は分からない。
(もうちょっと早めに動くんだったかな……)
様子を窺い過ぎて、機を逸することがある自身の性格を、間はよく把握している。その慎重さは、職務においては役に立つことも多いだろうが、こうして困りごとを運んでくることもあるのだった。悔やんだところで仕方がないので、次回以降の改善点とするしかないのだが。間は大貫に気取らせないよう、小さく溜め息をつくと飲み干した缶をゴミ箱へと滑り込ませた。
「っと、そうなるなら、大貫くんと尾北さんが残業しなくていいように頑張らないとな。まぁその時は刈野を残業させるか」
「当人のいない所で勝手に決めるなよ」
「アイツ、尾北さんに懐いてるからその辺煽ればなんとかなりそう」
「ひどい先輩だ」
大貫もコーヒーの缶をゴミ箱へと入れると、ぐ、と少しばかり伸びをする。そうして二人は連れ立って、自分たちの課のある部屋へと戻っていった。
「心配せずとも、ばっちり、君の良さを伝えられるスピーチにしてみせるさ」
「そこはまぁ、信頼しているけどね?」
それから数日後。間は、書きかけていた原稿の全てをゴミ箱へと放り込むこととなった。
結婚式の友人代表スピーチを頼める間柄、いいよなぁ、という話。