『新郎新婦の入場です』
穏やかなアナウンスと割れんばかりの拍手。それに機械的に調子を合わせながら、大貫はライトの眩しさから背くように、入場してきた間たちから目を逸らした。
◆
間に交際をしている女性がいる、という話を当人から大貫が聞くことが出来たのは、既に間の上司には報告がなされ、相手方の身辺調査まで行われた頃合いだった。
「どうして教えてくれなかったんだ? つれないじゃないか」
どうにか昼休憩のタイミングでとっ捕まえ向かい合った間に大貫はそう告げながら、バクバクと鳴り響く心臓を内心で押さえていた。相対している間は、大貫の台詞に目を瞬かせる。そして、少しばかり視線をゆるりとうろつかせた。……切り出しにくい話題を口にしようとする時の、間のクセだ。
「僕としては……、まぁ、君にも早めに、と思ってはいたんだけど……」
「うん」
「その…………君に、嫌なことを思い出させやしないかと、思って」
「……あぁ、そういうことか」
大貫は納得する。間が気遣っているのは、ついこの間七回忌を迎えた尾北花音の件だというのは明白だった。結婚を間近に控えた時に起きた事件。そこからの騒動。後の騒動についてはさておき、間としては"花音のことを未だ想う大貫"に、それを言い出しかねたらしかった。
「君が私のことを気遣ってくれたのは、嬉しいよ。ありがとう。だが、気にしなくても……とまでは言わないけれど、きちんと分別は付いているつもりだからさ」
(悟らせるな、悟らせるな、悟らせるな。これは、私への罰だ)
大貫は内心で念仏のようにそう唱えながら、言葉を続ける。
「ということは、もう式の日取りも決まりそうなんだろう?」
「うん、そのつもり。……で、友人代表のスピーチも、正直誰に頼もうかと思って悩んでて」
「私ではなく?」
「まぁ、さっきと同じような理由で、ね?」
緩く首を傾げてみせる間のそれは、本当に大貫への気遣いに他ならなかった。間は、普段は大貫に大層雑な扱いをするというのに、ここぞという時には、間違いなく同期を大切にしてくる男だった。そのことに吐き気がこみ上げてきそうな心地になりながら、大貫は首を横に振る。
「……いいや。いいや、それじゃあダメだろう」
「大貫くん?」
「それこそ花音に叱られる。……なんて死者の言葉を代弁するのもアレだが、私にきちんと祝わせてくれよ、君の、"友人"の結婚をさ」
大貫は、己の声音が震えないことだけを祈りながら、そう告げた。
◆
そんなやり取りをしたのが、半年以上前のこと。そうして、迎えた間の結婚式が、今日だった。
『続いては、新郎友人である大貫千春さんのスピーチです』
ぐちゃぐちゃと自身の中が引っ掻き回されそうになる心地を覚えながら、大貫はスポットライトの当たるスピーチ台へと向かう。辿り着いたスピーチ台から見える、新郎新婦の定位置。そこに間はきちんと身なりを整えて座っていた。時折、隣に座る新婦へと視線を向けつつも、間は大貫を見ていた。
「本日は誠にご結婚おめでとうございます。またご両家、ご親族の皆さまにおかれましても心からお祝い申し上げます。ただいまご紹介にあずかりました、大貫と申します」
一呼吸置いて、滔々と大貫はスピーチを読み上げる。間とは仕事の同僚であること、今まで同期として組んできた上での彼の活躍。間の性格気質やちょっとした笑いエピソード。大貫のスピーチで会場に時折さざめき笑いが起きるのが、耳を素通りしていく。
「間は、私にとって最も信頼できる友人です。その彼が、このような晴れの場を迎えられたことを本当に祝福しています。お二方の末永い幸福を願い、これをもちまして、お二人のはなむけの言葉とさせていただきます」
締めの言葉と同時に、会場に拍手の音が響く。そのことに、自身が失言しなかったことだけを悟り、大貫は、最後に間へと視線を向けてから自身の座席へと戻った。
◆
二次会を途中で抜けた大貫は、式場の近くに手配されたホテルへと戻ってきていた。戻ってきた大貫は無言でジャケットを脱ぎ、ベッドへと放る。どうせすぐにクリーニングに出す礼服だ。シワになったとしても構わなかった。
「…………」
引き出物として渡されたバウムクーヘンは、小さなサイドテーブルの上で、存在感を放っている。そこによろよろと近寄り、箱を留めているテープをぺりぺりと剥がす。
「……好きだったんだ」
誰も聞いていないと分かっていたからこそ、大貫は、ようやくその言葉を出せた。
「……間のことが、好きだったんだ」
花音の殺害が、それに関する捜査が行われてから。暫くの間は、大貫は意図して仕事を詰め込んで動いていた。下手に空いた時間を作ってしまえば、もう走れない気がしたからだ。……だが、その隣で並んだり勝手に大貫を休憩へと引き込んだりするのが、間だった。あの議論の時も、確かに大貫が信じた相手。そして大貫のことを信じてくれた相手。
そうして美しい信頼を向けてくれている相手に、欲を抱いていると大貫が気が付いたのは、いつのことだっただろう。気が付いた時には、衝撃以上に「あぁ、そうか」とピースがハマったような納得すらあって。けれど、大貫は楽観視していたのだ。それまでの間に浮いた話などなかった。だから、何ら心配ないだろうと。それに仮に間に誰かしら好い人が現れたとして、大貫がそれを知るのは初期のことだろう、と。そう思っていた。
「君ときたら……いつも、想定外のことをする……」
思ったよりも強い接着剤を使っていたシールを、ようやく剥がし終えた大貫は箱を開け、中のバウムクーヘンを取り出す。申し訳程度についたプラスチックのフォークは随分と小さい。丸く綺麗なバウムクーヘンに、そっとフォークを差し込み、一欠片切り出した。
「ばかだなぁ、私は……」
大貫は、間に預けた背中にたくさんのものを乗せていた。信頼、友情……こっそりと恋情までも。勝手に何も言わずに乗せていた。それが赦されていると思っていた。否、確かに赦されてはいただろう。その内の一つに、気付かれもしないままではあっても。だから、きっと、その罰が当たったのだろう。
「間…………」
口に入れたバウムクーヘンは、どうしようもないくらいに甘かった。
間くんは、大貫くんへの友情と信頼と気遣いで以て、ほぼ一番最後に報告をしてくれました。