マジカルネバ太のプレゼント!

「……『魔法のオナホ』……? なんだそれ……」
 自室の机の上にポンと置かれていた見覚えのない箱を手に取った西藤は、パッケージの表に踊っていた文字を読むと理解不能と言わんばかりの声を出した。ひっくり返した裏面曰く、『念じただけで、気になるアノコのナカを体験できる!』という文言が、けばけばしい色のインクで綴られている。
「馬鹿らしい……」
 説明があまりに非現実的なアイテムであるし、たとえジョークグッズだとしても、些か趣味が悪い。さらに言えば。
(誰が置いたんだ……? 間違いなく北条なわけはないし、真中達3人も年齢的に買えない以前に、こういうのにノるタイプじゃないしな……。ネバ太か……?)
 西藤は眉間に皺が寄るのを実感しつつ、パッケージを睨みつけ、溜め息を付く。たとえネバ太に聞いたところで、都合が悪ければ鳴き声――あれを鳴き声と称していいかはさておき――で誤魔化すだけだろう。本当に馬鹿らしい。なので、ここでの西藤の正解の行動は、当然それを迷うことなくゴミ箱に放り込み、何ならすぐさま外のゴミ捨て場へと持っていくことだった。

 ……そうして、けばけばしいパッケージをゴミ箱に放り込もうとした手が、ぴたりと止まる。
(…………いや、違うんだ。違う、本当に断じて、そういうことじゃないけど)
 内心でつらつらと言い訳を並べ立てながら、西藤は部屋のドアノブに紐を引っ掛けた。その紐を近くの棚に付けたフックに通せば、簡易的なドアチェーン代わりになる。鍵が設けられていない寮内の自室で過ごすにあたって、当然のように伝えられている小技だ。
 西藤は無言のまま、ごそごそと箱を開封していく。


 ――馬鹿馬鹿しいことをしているのだと、西藤だって分かっている。

 脳裏に思い浮かべたのは、自分より年上の紫の瞳。最年長らしく全員のフォローに回ろうとしている北条が、西藤のことをどう思っているかは分からない。少なくとも嫌われてはいないだろうが、一部では「真中と西藤の方がよほどシンメらしい」と言うファンもいることを知っている。だからこそ、西藤は北条を視線で追いかけることは出来ても、触れることに躊躇ってしまうのだ。
(……だからって、こんなことする方が、よっぽど馬鹿なんだけどさ)





「……っ、?」
 自室で曲を聴きながらダンスのイメージトレーニングをしていた北条は、不意に下半身に触れられるような感覚を覚え、自身の身体を見下ろした。だが、何かが当たったというわけでもないし、服が触れた時の感覚とも違う。
(気のせいか……?)
 暫く視線を彷徨わせていた北条が気を取り直し、机に向き直ろうとした時、再び触れられるような感覚に襲われる。
(いや……、やっぱり気のせいじゃないし、明らかに……)
 今は付近を撫ぜるようなそれは――間違いなく、北条のアナルに触れようとしているのだ。北条はもう一度自身の身体を見下ろすが、椅子の下も含め当然何もありはしない。
(……どういうことなんだ?)
 これは自分はどう動くべきだろうか、と考えていると、指先がつぷりと差し込まれる。
「んっ……」
 それと同時に、ひやりと冷たいものが侵入してきたことで、びくん、と北条の身体が跳ねたのに合わせ、北条が座っていた椅子がギシリと軋んだ。恐らくローションが流し込まれたのだ。
(……これじゃ、まるで"誰か"がいるみたいだ……)
「、…ふっ、……」
 そう考えている内に、指がくちくちとナカを弄り始めたことで、北条は慌てて左手で口元を覆うと、椅子の上で少しでも身体を縮こまらせようとする。そうしたところで無意味だとは分かっているが、現状対応策も思いつかないのだから仕方がない。今からベッドへと移動するのは、無理がある。だが、北条が慌てているのは、何も見知らぬ何か――誰かに触れられている、それだけではなかった。
(……そんなところ、触られるの久々すぎる……!)
 だって、思い出してしまう。……もう、ここ数年は一切触られたことのない、最奥への刺激を。


 Voyageのメンバーに話したことはないが、北条には嘗て男性の恋人がいたことがある。北条よりも年上だったその恋人との行為において、北条はネコ側だったのだ。かつての恋人とは円満に別れているし、それ以来あまりそういったことへの関心もなかったため、今まではあまり頭に上ることはなかったが。だが、今こうして刺激を与えられていると、北条もずくりと腰の付近に重いものが溜まっていく。
「ひぅ、……っ、! ん、ぅ……っ」
 脳内がざらりざらりと快楽に染められていく感覚は、北条にとっても久々で徐々に息が荒くなっていく。身体が覚えている、というやつなのだろうか。当初は、やや恐る恐るだった触れ方は、北条のナカの反応を確認する内に少しずつ触れ方が大胆になってきていた。
「んっっ、……ぁぅ、……ふ、」
 今の時間帯、真中・南部・東峰の三人は外出しているのだけが救いだ。そうでなければ、流石に北条としても此処まで大胆に事を受け入れはしない。それに、北条のナカを掻き回すそれが、存外丁寧な動きだったこともあるのだろう。
 暫く指の感触に集中するように目を瞑っていた北条は、ふと自身がヘッドフォンを付けたままにしていることに気が付いた。
(しまった、これじゃ声を掛けられた時に気付けない)
 そう思った北条がヘッドフォンを外そうとした時、流したままのウォークマンからの音が、鮮明に耳に飛び込んできた。

『――堕とす、キミを』

「~~~ッ」
 ……聞こえてきた声に、北条は不意打ちのように軽くイッてしまう。その北条の反応に驚いたのか、指の動きが少し止まる。そのことに北条は小さく笑ってしまった。北条がきゅう、とわざとらしくナカを締めるようにしてみれば、指はまた恐る恐る刺激を再開する。さらには、指の本数もいつの間にか増えているようだった。
「…ぁ……っ、~~ッ、ん、ん、!」
 かつての感度の良さが戻ってきているのか、相手の触り方と相性がいいのか、北条は快楽を確かに拾い続けている。それに、まだ、指による刺激は続きそうだ。北条は、口を塞いでいるのとは反対の手でどうにか机の上のウォークマンを引き寄せると、ボタンを操作しプレイリストを表示する。そしてスクロールバーをするすると動かした先、『西藤ツバサソロ』と表示されたプレイリストの、再生ボタンを押した。
「ぅ、……っ、は、ぁ……! ひ、ん……っ」
 流れ出したのは、西藤の歌声。……とはいっても、CD音源やライブのそれではなく、ボイストレーニングの時の録音が主なものだ。だからこそ、普通に話し声までが録音に含まれている。美しく響く歌声、がやがやとした背後の音、そして足音と。
『北条、』
「…ぁッ、!? ぁ、ぁ、~~~~ッ、ふ、! ゃっ、! さ、」
(西藤、)
 まるでタイミングを合わせたかのように、じゅぶり、と北条のナカに男性器が埋められたのが分かった。頭の中でチカチカと瞬くような刺激。それで、思わず名前を零しかけた口を、北条は更にキツく引き結ぶ。目元にじわじわと熱が溜まってきているのを実感しながら、胸の内だけで名前をまた呼ぶ。
(……西藤)


 ――馬鹿みたいなことをしている、のだと、北条だって分かっている。


 銀色の美しい年下のグループメンバーのことを、北条はいつの間にか好きになっていた。だが、ファンからは年上組として推されているとしても、西藤が北条のことを具体的にどう思っているかなど分からない。流石に嫌われてはいないだろう、という確信ぐらいはあるけれども。だから、北条は確かめることを諦めたのだ。迂闊に距離を離すようなことをするくらいなら、ここから眺めている方が余程いい。
(でも、だからって、こうして西藤に触れられてる気になろうなんて、尚更馬鹿みたいだな……)





 どうにか後片付けを済ませた西藤が一階の食堂へと降りてくると、そこには北条も訪れていた。冷蔵庫の扉に手を掛けたまま、ぼんやりとしている北条の雰囲気に、西藤の中で「もしかして」と「いやまさか」が拮抗する。
「北条?」
「っ!」
 その動揺を押し隠しつつ西藤が声を掛ければ、北条は肩を跳ねさせ驚いたようにこちらを見返してくる。そうして声を掛けてきたのが西藤だと気が付くと、北条はゆるく笑みを零した。
「なんだ、西藤か」
「そりゃ真中たちは帰ってきてないんだから、僕しかいないだろ」
「確かに。……少し、ぼーっとしてたから」
「はは、気を付けろよ」
 北条は冷蔵庫を開けると、麦茶のポットを取り出した。飲み物を取りに来ただけなのだろう。水切りカゴの中からコップを取り出し、麦茶を注いでいる北条を横目に見ながら、西藤もまた冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを取り出した。……北条の顔色は、そう変わらない。まぁ、西藤とてあれこれ処理を終わらせるまでだいぶ時間がかかったので、おかしいことではないだろう。だが、その北条の目元。そこが些か昼頃に顔を合わせた頃よりは、熱っぽいように見えた。
「……西藤、僕の顔なんて見つめてどうかしたか?」
 あまりにもじっと西藤が眺めていたからか、麦茶を飲んでいた北条が苦笑しつつ問い掛けてくる。その疑問に答えることなく、西藤はずいと北条の顔に自身の顔を近付けた。
「っ、西藤?」
「北条、少し疲れてる?」
「え、いや……そう見える、かな」
「ちょっとだけな」
 至近距離で西藤が覗き込んだ北条の瞳には、明らかに熱の燻りが見えた。それだけを確認し、ぱっと身体を離した西藤に北条が小さく息を付く。
「互いに身体が資本だから、気を付けないとな」
「あぁ。……じゃあ、僕は部屋に戻るから」
「うん」
 そのままコップを洗うのだろう北条と別れ、西藤はペットボトルを持ったまま階段へと向かい自室へと戻る。その道すがら、西藤は確信を深めた。
(……つまり、やっぱり、アレは、北条のと)


 ――そして、胸の奥底に宿った罪悪感には、蓋をした。

両片思いに魔法のオナホがぶっこまれるのが好き。