「さっむい……本当に寒い……」
「確かに、今年一番の冷えって言ってたしなぁ」
しんしんと静けさの積もる道のりに、二人の青年の声が響く。はぁ、と白い息を吐いた西藤の横で、苦笑を零した北条が荷物を抱え直した。
『明日朝一で君たちが使う資料が、誤って事務所の方に届いた』という連絡が寮に入ったのは、既にメンバー全員が夕飯も風呂も済ませた頃のことだった。事務所の場所と移動の往復時間を考えると、寮に帰り着くのは22時過ぎのこととなる。そしてVoyageで成人しているのは北条と西藤のみであるため、夜中の時間帯に外出が許されるのはこの二人だけだ。そのため、北条と西藤の二人は着替え直した上で、事務所へと赴いていたのだった。
そうして事務所で無事資料を回収した二人は、散歩がてら寮まで歩いて戻って来ていた。道端に人影はない。街灯に照らされる道を他愛もない話をしながら二人が歩いていると、コンビニの明るい看板が視界に飛び込んでくる。そこで、北条が隣を歩く西藤を見やりながら口を開いた。
「……あそこで、何か買って食べようか」
「ん? 北条、何か食べたいのか」
グレーのダッフルコートの上から巻いた、臙脂色のマフラーに口元をうずめていた西藤が、急な北条からの提案に瞳を瞬かせる。
「いや、西藤がお腹空いたみたいな顔してるから」
「…………何で分かったんだ?」
「恋人の勘?」
小首を傾げつつ小声で北条が告げた言葉に、西藤の頬に寒さだけではない赤みが差す。西藤は暫くもごもごと迷った様子を見せたものの、こくりと一つ頷いた。
「…………た、食べる」
「よし、決まりだ」
店員の「ありがとうございましたー」という声に見送られた北条と西藤の手の中には、新たに四つのビニール袋が鎮座していた。当初は自分たちだけが、軽く摘まめるものでも買うつもりだったのだが、「……何か、差し入れでも買うか」「確かになぁ」と二人の意見が合致したため、真中たち三人の分の夜食やおやつまで購入してしまったのだった。多少食べ過ぎたところで、レッスンで消化してしまえばいいのだし。
西藤が提げているビニール袋に北条が手を突っ込み、温かな肉まんの入った包み紙を手に持つ。西藤は店を出て早々に取り出したので、彼の分の肉まんは既に二口ほど齧られていた。下の薄紙を剥がしつつまじまじと肉まんを眺めている北条に、西藤が問い掛ける。
「どうかしたのか?」
「……いや、やっぱり酢醤油って付かないんだなぁって」
「酢醤油?」
「うん。僕の実家の……九州の方だと、肉まんには酢醤油付けてくれるんだよ」
「へぇ~。それ、美味いんだ?」
「あぁ。生地を割ったところに染み込ませるのが、僕は好きだったな」
「なるほど。……じゃあ、今度冷凍の肉まんと酢醤油買ってきて、皆で食べるか」
「うん?」
西藤からの急な提案に、今度は北条が首を傾げる。
「『懐かしいなぁ、今度酢醤油買ってこようかな』と、思ってただろ?」
「なんで分かったんだ?」
「恋人の勘?」
西藤が先程の意趣返しのように言えば、北条が吹き出す。その反応に西藤が少しばかり眉を寄せると、北条は笑いを噛み殺しながら「ごめんって」と謝罪する。
「西藤には叶わないなぁと思って」
「北条の方が大概じゃないか、そういうのは」
「そうかな?」
「そうだよ」
そんな会話をかわしては、もそもそと合間合間に肉まんを齧りつつ、二人は寮への道を歩いたのだった。
0523北条は佐賀出身なので、肉まんには酢醤油が付くものとしてインプットされています。