世界で一番可愛い恋人

「…………」
「………………」
 二人揃ってベッドの上で黙りこくっている、という些か奇妙な状況に至ってから、既に十分ほどが経過していた。


 北条が西藤と想いを通じ合わせてから、数ヶ月。視線を合わせてみたりだとか、隙を見つけての触れ合いだとか、買い出しという名のデートで手を繋いでみたりだとか。そういったささやかで柔らかなやり取りを積み重ねてきた中で、北条が意味ありげに外泊届を二枚見せてみれば、西藤はその端正な顔立ちを少しばかり驚きに染めたのだった。けれど、そこから一枚を受け取ったのだから、西藤は西藤でそういったことも望んではいる筈だけれども。
 そうして、二人で外泊届を出し一応変装もした上で、二人は合宿所からだいぶ離れた街の何の変哲もないラブホテルへと滑り込んだのだった。

 とはいっても、北条自身"そういった"経験は男女を問わずなかったし、西藤も――本人に直接聞いたことはないが――恐らくない、筈だ。そうなると、部屋に入ってから互いにどうにも照れが勝ってしまい、黙りこくったまま時間が過ぎつつあるのだった。
(そもそも、どちらがどう、とか全然決めていなかったしな……。正直、西藤なら抱けるし、僕がリードした方が……)
「あ、あの、北条、」
「うん?」
 そんなことを考えながら北条がうろうろと視線を彷徨わせてみていると、不意に、西藤が北条の袖を引く。視線を向けた先、頬を紅く染めた西藤が自信なさげな表情のまま口を開いた。
「その、……北条が嫌でなければ、なんだが」
「うん」
「僕が」
「西藤が?」
「北条を抱くのは、……ダメ、かな?」
 北条が、ぱちりと一つ瞬きをする。じぃっと北条の顔を見つめてくる、西藤の顔は変わらず紅い。だが、瞳の奥に炎の揺らめきのようなものが感じられた。
「……念の為の確認だが、」
 先程の問い掛けへの返答ではない言葉で北条が口を開くと、目の前の西藤の肩が少しばかり跳ねる。やはり、西藤だって緊張自体はしているのだ。……それは北条も一緒だが。
「西藤は、……僕で、勃つ?」
「えっ」
「いや、今更の話なんだけど。僕は……その、まぁ、西藤で、勃つけど、」
 本人を目の前にしてそういうことを告げているのが自分で言っていて恥ずかしくなったので、北条の視線は少しばかりシーツへと落ちたが、中途半端な方が西藤もやりづらいだろうと考え、再び西藤へと視線を戻す。
「西藤は、その……僕で、勃つのか、な、って」
「た、勃つ! 絶対勃つ!」
 ぎゅう、と北条の手を握った西藤が必死な様子で捲し立てる。
「だって、北条と付き合えて本当に嬉しいし、こうして誘ってもらえたのも、あの、全然嫌じゃなかったし。ていうか、僕北条で抜い……いや、今のはなし。忘れてくれ」
「……うん」
「ただ、まぁ、その、僕も至らないところはあるかもしれないけど、……と、ともかく!」
「う、うん」
「あの、絶対勃つし、ぼ、僕が北条のこと、だ……抱きたいから、…………ダメ?」
 大して身長差はない筈であるのに、見上げるようにして首をわずかに傾けた西藤の表情を見て。

(……あ、可愛いな)
 北条は、自身の胸に矢が刺さるような感覚を理解した。なので。
「……いいよ」
 そう告げて、目の前の彼に口付けて。――そのあとは、二人だけの秘密。

年下の恋人から可愛いお願いが来たので、いいよってなる北条