今は2人だけの空間だけれども、

 テーブルの上を片付けて、必要なものを一通り置いていく。自分が座る側に物が多くなるのは、まぁご愛嬌だろう。最後に自室に備え付けられた冷蔵庫から、冷やしておいた瓶を取り出したところで、タイミング良くノックの音が部屋へと響き渡った。どうぞ、と声を掛けてはみたが、ドアが外から開けられる気配はない。
 元から約束しているのだし、開けたところで怒りはしないのに律儀だなと思いながら北条はドアを開けると、目の前に立つ訪問者を迎え入れた。
「西藤、いらっしゃい」


「今日のは、実家の父から送られてきたやつなんだ。僕も呑んだことがあるけど、オススメだ」
「そうなのか。北条のオススメは、どれも美味しいから楽しみだ」
 『Voyage』において、成人しているのは北条と西藤のみだ。それでも北条が24で西藤が21と3歳の差があるわけだが、真中と東峰が17歳、南部が16歳とまた年齢差があるので、北条と西藤が年嵩であることには変わりがない。
 切っ掛けは、そんな西藤が成人した直後に飲んだ酒があまり美味しくなく、それ以来酒に苦手意識があるという話になったことだった。
『そうはいっても、お酒自体は大人って感じだから憧れはあるんだけどな』
『……だったら、僕が美味しいお酒でも紹介しようか』
 そう告げた北条に対し、西藤は嬉しそうな様子を見せたものだから。一ヶ月に一度程度のペースで北条が酒を取り寄せたり購入しては、西藤と酒を嗜む日が出来ていた。
 勿論、互いに仕事やレッスンに支障を来すことがないように、翌日がオフである日を選んでいるし、西藤の酒の量は北条が確認しつつきちんとセーブするようにしている。それくらいの世話は当然だろうし。

 先に北条がツマミとして用意した内の一つである、きゅうりスティックに味噌を付けポリポリと食べている西藤を視界に入れつつ、北条はグラスに酒を注ぐ。味わいを楽しむことを重視するのであれば、もう少し注ぎ方やら何やらも気にした方がいいのだろうが、北条としては西藤が酒を楽しく呑めることを重視しているので、そのあたりは些か適当になっている。
「というか、グラスくらいは西藤が自分の部屋に置いといていいんだぞ? 別にお酒を呑むの以外で使ったらダメ、というわけじゃないんだし」
「いや……、だって、なんか自分で使ってて、うっかりで割ったら嫌じゃないか。せっかく北条がくれたのに」
 白を基調に赤で椿をあしらったグラスは、西藤専用にと北条がプレゼントしたものだ。最初の数回こそ、普段使いのコップに注いで呑んでいたのだが、途中からは北条が実家から送られてきたグラスを使用している。北条は、自分用の黒いグラスを手に取りつつ西藤を茶化す。
「じゃあ、僕がうっかり割ったら西藤に怒られるな」
「えっ!? いや、流石にそれは、ほら、別に、…………北条、それわざと言ってるだろう!?」
「あはは、ごめんって」
 じとり、とした視線を向けてくる西藤に笑いを噛み殺しつつ、北条はチーズの生ハム巻きの皿を西藤の方へと差し出す。そうすれば、うぐぐと呻き声を漏らしつつも西藤はそちらへと手を伸ばすものだから、北条としては、ついこの年下のシンメ相手を「可愛い」と思ってしまうのだ。


 酒はあまり強くないと申告するだけあって、西藤はグラスで2~3杯も飲めば随分と酔いが回っていた。顔にきちんと出るタイプであるため、西藤の顔は紅い。
「で、あれは、真中から、つっかかってきたんだ。僕のせいじゃない」
「うんうん」
 いつぞやかに仲裁した真中との言い合いの――重大なものでなければ、この二人のそれは日常茶飯事だ――幾度となく聞かされた弁明を繰り返す西藤に相槌を打ちつつ、北条は西藤のグラスに水を注ぐ。色が一緒なので、恐らく気が付かないだろう。北条が持ってきた酒を呑む、という形だからか、西藤が自らグラスに酒を注ぐことはない。だからこそ、こうして堂々と酒と水をすり替えられるわけだが。
「それで、」
「うん」
 西藤は、自身のグラスに注がれたのが水だと気付いた様子はなく、ゴクリと飲み干す。そのままテーブルに突っ伏した西藤の髪に、北条は手を伸ばしかけて、止める。代わりに、グラスを西藤の手から抜き取ると、穏やかな声で西藤の名を呼んだ。
「西藤、そろそろお開きにしようか」
「……うん、」
 もぞりと起き上がった西藤に、北条が「ほら水飲んで」とグラスに今度こそ――少なくとも西藤の認識では――水を注ぐと、西藤は大人しくそれを口へと運ぶ。
「お風呂もシャワーも、明日起きてからだからな」
「わかってる……」
「……送っていこうか?」
「そこまでじゃ、ない!」
「はいはい」
 水を入れた分、多少はスッキリしたのか、西藤はゆったりとドアの方へと向かっていく。今度は西藤が自分でドアを開け、北条の方を振り向いた。
「北条おやすみ、またあした」
「うん、おやすみ西藤」
 北条はそのままパタリと閉められたドアを数秒見つめた後、そっとドアへと忍び寄り静かに扉を数ミリ程開ける。そうすれば、廊下の音は十分に聞くことが出来た。カチャリとドアノブが回る音と、扉が閉じられる音まで確認して、北条は再び自室の扉を閉める。北条はこれから一階で洗い物だ。とはいえ、自分も水を飲んで少し休憩してからがいいだろう。


 ……壁にかけた、カレンダーの日付を見つめる。せめてもの線引きで決めたタイムリミットまでは、残り1年を切っていた。もし、そこまでに結果が出なければ、自分は。
(……いや、弱気になっている場合じゃないか。頑張らないと)
 ぺちり、と己の頬を叩いた北条は、洗い物の前に用事を済ませてしまおうとポケットに入れていたスマートフォンを取り出した。

「……もしもし、父さん? うん、元気だよ。……分かってるって。うん、うん。いや、今日はそっちじゃなくて。……またグラスを作りたいなって。今度は3つなんだけど、これも絵付けは僕がしたいんだ。……そう、前話してた他のメンバーの。まぁ、一緒に呑めるようになるのは、だいぶ先だけどさ」

0523だと、北条と西藤だけが成人していたので2人でお酒呑んで欲しいな~という願望に基づいたお話でした。